介護保険をめぐっては現在、2024年度の3年に1度の改定に向けて、厚生労働省の審議会で議論が行われているが、この自己負担について、2割の対象となる人を広げることが議論されている。理由は、急速な高齢化による財源の不足だ。

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洗濯物干すのも命がけ…ヘルパーが「命綱」

京都市に住む、76歳の杦江良子さん。10年以上前に脳梗塞となり、左半身にまひが残ったほか、高次脳機能障害も残ったため、日常生活を1人で送ることが難しい「要介護2」と認定されている。

脳梗塞で寝たきりとなった夫は要介護5と認定されて介護施設に入居していて、子供は独立しているため、1人暮らしだ。

杦江良子さん:
私、裏で5~6回こけてんねん。洗濯物持ったまんま。まひがあるから。洗濯干すのが命がけなんだから

そんな杦江さんを支えているのが、ホームヘルパーだ。杦江さんは、まひの影響で、台所を移動するのもひと苦労。この日は、食事の下ごしらえをしてもらった。まひの影響で包丁が扱いにくい杦江さんにとって、欠かせない援助だ。

(Q:ヘルパーさんは生活には欠かせない?)
杦江良子さん:
命ですよ。そうでなかったら、命がつなげないですやん

杦江さんは、介護保険のサービスとして、ヘルパーを週4日利用している。施設に入居している夫とともに、どちらも自己負担は1割だが、月々の出費は16万円ほどかかり、貯金を切り崩しながら生活している。

杦江良子さん:
請求書と領収書ばっかりきますよ。ああと思うけども、見てもらってありがたいから、これはしょうがないねって思うけど。どんどん私の食べるもの、つましくしていかないと

自己負担2割“引き上げ”検討…高齢者「現代の姥捨て山だ」

自己負担1割でも生活はギリギリ。しかし今、この自己負担の引き上げが議論されているのた。

介護保険制度では、自己負担を除き、公費と保険料で半分ずつ介護費用を負担する。自己負担は原則1割だが、単身世帯の場合、年金を含む年収が280万円以上ある人は2割または3割負担だ。

しかし、急速な高齢化によって、今年度の介護費用は予算ベースでおよそ13.3兆円と増え続け、介護保険の創設当初から3倍以上に増えていて、財源の不足が懸念されている。

そこで政府は9月、社会保障に関する会議で、自己負担の引き上げを検討すべき課題として公表。厚生労働省の審議会では現在、2割となる人の対象をどこまで広げるかが議論されている。。議論に先立ち、財源をつかさどる財務省の審議会からは、「原則2割負担も検討もすべき」との意見も出ている。

杦江良子さん:
これ2割なったらね、本当、悲惨ですよ。首を絞められている感じ。見えない手で。息苦しい。声は我々はあんまり出せない

まだ議論はまとまっていませんが、もし杦江さん夫婦が2割の対象になれば、出費が倍増してしまうため、ヘルパーの利用回数を減らさざるを得なくなるほか、夫の施設の費用も払えなくなってしまうという。しかし、自らも介護が必要な杦江さんに、在宅での夫の介護はとてもできない。

杦江良子さん:
今風の姨捨て山の制度なんじゃないかなって思ったことがある。だってサービスを取り上げるっていうのはそういうことでしょ。実際にその山に捨てに行くわけではないんだけれど。使える権利を取り上げるっていうのは、段々食がほそくなって動けなくなって、ヘタって早く死になさいねって。何で私生きてるんだろう、と思います。ばあさんもいいんじゃないかと思うけれど、自殺するほど勇気がない。ヘルパーさんの介護が欲しい。もう細々でもそれで生きていけるから。ぜいたく言わないから要介護2の利用する権利を奪い取らないで。特別なことは私言ってないと思う。ぜいたくなことは

事業所も“危機感”「サービス縮小や撤退も…」

介護保険をめぐる議論には、事業者も危機感を感じている。

京都市北区にある「在宅ケアセンター新大宮」。ホームヘルパーの事業を行っていて、夜間に転倒した場合などに備え、24時間、職員が常駐している。

在宅ケアセンター新大宮・金光寿美子さん:
要介護1~5の方によっても様々で、買い物であったり、調理であったり、お掃除であったり、生活援助から身体的な排せつ介助であったり、その方の生活にまつわる全てのこと

しかし、このうち、比較的程度の軽い「要介護1・2」の人への生活援助を、全国一律の事業から市町村独自の事業、いわゆる「総合事業」に移行させることが議論されている。

移行の背景にあるのは、やはり、介護費用の抑制だ。従来の全国一律の事業とは異なり、予算に上限が設定されているほか、生活援助の担い手の資格要件が緩和され、地域住民など、専門資格を持たない人でも担い手となる可能性があるのが大きな特徴だ。

事業者への介護報酬が減額される恐れがあり、採算のとれなくなった事業者が訪問時間を短くしたり、事業から撤退する場合もあるとして、介護事業者の間で危機感が高まっている。

すでに「要介護」よりも程度の軽い「要支援1・2」の生活援助事業は総合事業に移行しているが、在宅ケアセンター新大宮では、採算をとるために、訪問時間を60分から45分に減らしたということだ。

在宅ケアセンター新大宮・駒居享生施設長:
在宅でその方の望まれている生活をかなえるために支援していくっていうところが大きな目的だと思うので、関わりの時間が持てなくて、ご利用者さんとの理解を深められなかったり、関係性づくりっていうところがちょっと希薄になっていくというところは、やはりペルパーとしてのやりがいの部分にもすごく影響してくる

「要介護1・2」の人が十分な介護を受けられない状態に

この日、ヘルパーの金光寿美子さんが訪れたのは、「要介護2」の85歳の女性の自宅だ。脳に障害があり働くことが難しい息子と2人で暮らしている。女性は、もともと腰の状態が悪く、高齢のため、認知機能も低下してきている。金光さんは、この女性と10年ほど前から関わっている。

金光さんが、訪問してすぐに確認したのは、認知機能が低下している中で女性が、薬をきちんと飲んでいるかだ。金光さんは、掃除などの家事援助だけではなく、体調の変化がないかなど、細部まで目を配る。異変に気付けるよう、日常の何気ない会話も大切にしている。

要介護2の女性(85):
ほがらなかね。親切な方ですよ

金光寿美子さん:
よう笑っているな

要介護2の女性(85):
よう笑っている。笑っている方が長いんちゃうかな。来てくれる前の日がうれしい。明日来てくれはる。明日来てくれはるって

要介護1・2の人が、十分な介護を受けられなくなる。ヘルパーたちは、そんな不安と向き合っている。

在宅ケアセンター新大宮 金光さん:
介護の現場に一度みんな来てほしい。本当にみんな全然ちがうし、当たり前ですけど、みんな一生懸命やし、そこは、もちろん国の事情もあるかもしれないけど、まず、ちゃんと感じてから考えてほしい

(Q:現場を見て?)
在宅ケアセンター新大宮 金光さん:
見てほしい

専門家「介護保険…財政のフレームの見直しを」

一連の介護保険をめぐる議論については、当事者への負担を増大させるとして、介護事業者や当事者団体から反対の声が相次いで上がっていて、認知症の人を介護する家族らでつくる「認知症の人と家族の会」は11月、厚生労働省に、自己負担引き上げ反対などを訴える署名、およそ8万4000人分を提出した。

代表理事を務める鈴木森夫さんは、自己負担が増えれば、サービスの利用控えにつながり、介護が必要な人だけでなく、介護をする人たちの暮らしにも、深刻な影響を与えると訴えている。

認知症の人と家族の会 鈴木森夫代表理事:
サービスの利用を減らすとか、諦めるってことが起きてくる。それによって例えば働きながら介護している方は今度は家族の方の負担がかかってきますので、仕事を休まなきゃいけないとか、中には仕事を辞めなきゃいけないことも起こってくる

過去に厚労省の介護保険についての審議会の委員も務めた淑徳大学総合福祉学部の結城康博教授は、このままでは、軽度な要介護者が十分な介護を受けられなくなり、重度化してしまうと指摘する。

淑徳大学・結城康博教授:
これをやり続けてしまいますと、結果的にはですね、どんどん重度の要介護者が増えてしまいますので、逆にもっとさらに介護保険財政をですね、圧迫する要因にもなりますので、財政的にもですね、こういうような政策は短期的には確かに多少の財政効果がありますが、中長期的にはやっぱり社会的な損失になると私は思います

その上で結城教授は、現在の介護保険の財政フレームを根本的に見直すべきだと話す。

淑徳大学・結城康博教授:
例えば公費50%のところを60%にして、今の介護保険の財政のフレームとは別にですね、税金を投入する、社会を支えるために税金を投入すると、そういうような新たな財源の確保をですね、考えていけば、給付を抑制したり、負担増ばかりの議論から私は脱却できると思います

厚労省の審議会では現在、介護保険料について、65歳以上の高齢者の人に限定して、一定以上の所得がある人は保険料を高くし、所得が一定以下の人は保険料を低くすることが検討されている。

介護が必要な人を社会全体で支えるはずの介護保険。今まさに岐路に立っている。

(関西テレビ「報道ランナー」2022年12月13日放送)

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