日本で新型コロナウイルスの感染者が増加する中で、ずっと議論されているのがPCR検査の是非についてだ。世界と比較して検査件数が少ない日本の現状に疑問を呈する論調が多くなっている。中でも、お隣韓国が検査大国としてメディアで大々的に報じられているため「韓国のように大量の検査をするべき」との話も多い。実際に韓国のPCR検査件数は50万件を超えていて(4月13日現在51万8743件)、人口比で言えば世界最多だ。

しかし「韓国式を取り入れるべき」と言うのは簡単だが、本当に日本が「韓国式」を導入できるのだろうか?結論としては、国の在り方が違いすぎるので、参考には出来るがそのまま導入できる点はそう多くないと言える。

韓国のドライブスルー検査

大量検査を支えたのは「公衆保険医」による移動検診だった

日本において韓国の検査と言えば、真っ先に思い浮かべるのは「ドライブスルー検査」だろう。保健所などの駐車場にテントを設営し、検査対象者は車に乗ったまま鼻の中から粘膜などを採取され、それがPCR検査に回される。対象者が変わるごとに大規模な消毒をする必要が無く、待合室で感染が広がるリスクも無いため、効率的かつ安全な検査方法に見える。あたかも韓国発祥のように受け止められがちだが、実はアメリカのスタンフォード大学が2009年の新型インフルエンザ流行時に開発した手法だ。

しかし、このドライブスルー検査は大量のPCR検査の主たる理由ではない。韓国で最も多用された検査手法は「移動検診」なのだ。「移動検診」とは、症状が出た人の自宅や、診察先の病院に保健所職員らが訪問し、その場で検体を採取してPCR検査に回す手法だ。7000人近くの感染者を出した韓国南部の大邱市の場合、感染のピークを越えた3月23日時点で6万8000件余りのPCR検査行われたが、54%に当たる3万7000件余りが移動検診によって検体が採取されていた。これは保健所で採取された1万9000件、ドライブスルー検査による1万1000件をはるかに上回る数字だ。保健所が戸別訪問して検体を採取するというのは、感染疑い者が移動するリスクを避けられるという大きなメリットがある。しかし、膨大なマンパワーが必要だ。その担い手となったが、日本ではほとんど耳にすることが無い「公衆保険医」達だった。

新型コロナウイルス

公衆保険医は兵役の代わり

公衆保険医は、徴兵制に基づいて生まれた存在だ。韓国では男性に対して徴兵が義務付けられているが、医学部を卒業して医師国家試験に合格した男性の場合、医療が整っていない地方などで医師として3年間診療すれば、兵役を務めたと見なされるのだ。新型コロナウイルスの蔓延を受けて、韓国政府はこの公衆保険医をコロナ対策の最前線で働くよう命じた。しかも今年公衆保険医になる予定だった人も、講習をすっ飛ばして現場に派遣したのだ。最前線に投入された人数は、何と合計2700人以上である。日本全国の保健所に常勤する医師が728人(平成30年厚生労働白書より)である事を見れば、その数がいかに膨大か分かる。公衆保険医は主に保健所や、軽症者を収容する「生活治療センター」に派遣され、大量の検査や軽症者の管理に従事した。保健所に派遣された公衆保険医は、保健所職員2人と合わせた3人チームで戸別訪問に回り、韓国メディアによると10チームが1日に280人の検体を採取したという。徴兵制のある韓国では、政府の命令一つで派遣できる若い医師が3000人近くいる。日本では不可能だ。この点を無視して「日本も韓国と同じような検査体制を作るべき」とは言えないだろう。

日本とは異なるプライバシー観…感染者の追跡やマスク管理が容易に

韓国の文在寅大統領

韓国に徴兵制があるのは北朝鮮との戦争があくまで休戦状態であって、現在も戦争が続いているからだ。この準戦時状態が続いている副産物として公衆保険医がコロナ対策で大活躍したわけだが、他にもコロナ対策で役立った事があった。それは「住民登録番号制度」だ。この制度は元々、北朝鮮によるスパイの浸透を防止するため全ての韓国人に固有の番号を割り振ったところから始まった。今では税務申告・クレジットカードや携帯電話の契約・健康保険加入・学校の入学や企業への入社など、あらゆる事柄と番号が紐づけられている。利用者が少ない日本の「マイナンバー」と違い、自分の住民登録番号を記憶していない韓国人など1人もいない程だ。そして、韓国当局が調べようと思えば、個人がどこで教育を受けどこで勤務し、どこで買い物をして、税金をいくら納めているのかなどを、住民登録番号さえわかれば全て調べる事が出来る。今回のコロナ対策では、感染が確定した人の濃厚接触者を調べる際に、この住民登録番号を活用する事で感染者の動線を保健当局が容易に把握出来たのだ。なお感染者の動線は訪問した店舗名含めて全て詳細に公表されている。プライバシー侵害との指摘も一部あったが、大きな問題にはならなかった。準戦時体制の韓国では、国家的な危機の際には多少のプライバシーや私権の制限はやむを得ないとの意識が日本よりも強いように感じる。

さらに韓国政府はマスク販売を1人当たり1週間で2枚に統制したのだが、住民登録番号やそれに紐づいた健康保険番号を活用する事で、1人が2枚以上のマスクを買えないように管理した。もし日本で同様のマスク販売統制を行うならば、不正防止のために多大な行政コストが必要になるだろう。

新型コロナウイルスが問う「国の在り方」

新型コロナウイルス対策を日韓で比較する事で、図らずも国の在り方の大きな違いが浮き彫りになった。同じ自由民主主義国家を標榜しているものの、準戦時体制であり徴兵制や住民登録番号制度を持つ韓国と、戦後多くの国民が国家権力強化への強いアレルギー反応を示してきた日本とでは、新型コロナという国家的危機へのアプローチの仕方がまるで違うのだ。

人間の自由や平等を高らかに謳った人権宣言が産まれた国、フランスの新聞「フィガロ」は、韓国の感染者動線公開について「プライバシー侵害であり欧州では導入できない」とフランス政府の科学諮問委員を務める感染学者が批判した事を伝えた。その上で、フランス政府が移動の自由を制限して都市を封鎖した事を引き合いに出し「フランスの意思決定者による、韓国への傲慢な態度は我慢できない」と書いた。上から目線で韓国をプライバシー侵害と批判し、そのくせプライバシーと同等かそれ以上とも言える移動の自由を制限した事を痛烈に批判したのだ。

現在世界各国はコロナとの戦いに集中しているが、今のところ共産党が支配する中国や、徴兵制があり、政府の権限が強い韓国で封じ込めが上手くいっているように見える。今は目の前の危機に対処するので精一杯だが、新型コロナとの戦いが収束した時、私たちは「自由」「人権」「プライバシー」などの普遍的とされる(された?)価値と、どう向き合うのだろうか。コロナウイルスがもたらした危機は、国の在り方すら根本的に変えてしまうかもしれない。

【執筆:FNNソウル支局長 渡邊康弘】