マイページ
ピントは左手・シャッターは口で 繊細で幻想的な世界を切り取る写真家・吉田陽一さん 大病を乗り越えて楽しく前向きに生きていく【福島発】|FNNプライムオンライン
“私”を生きる ~live My life~

ピントは左手・シャッターは口で 繊細で幻想的な世界を切り取る写真家・吉田陽一さん 大病を乗り越えて楽しく前向きに生きていく【福島発】

Google ニュース プリファードソース

福島県南相馬市の吉田陽一さん(70)は、綿毛や水滴などの組み合わせをモチーフに、日々写真を撮影している。見る人を魅了する幻想的な作品を通して、そして写真を撮り続けることで多くのことを届けようとしている。

撮影はすべて一人で

「身体使うと言ったって手と口しかないから。口も半分がダメだから、言うことを聞かないのね」
右半身に麻痺がある吉田さんは、照明やピントなどの調整は左手で。煙の演出と撮影を口で同時にこなすこともある。

吉田さんの作品「強風の中」
吉田さんの作品「強風の中」
この記事の画像(10枚)

吉田さんは「普通だったら1人じゃなくて何人かいるわけでしょ。雫垂らしてとか照明こっちだよとか。それを自分一人でやる。自分一人でやってどこまで行けるか」と話す。

突然の病 「人生終わりかな」

南相馬市で「トモエ」という飲食店を営んでいた吉田さん。看板メニューは、スパイスが効いたカレーと味噌を合わせたインド味噌ラーメン。自慢の腕を振るってきたが、8年前に脳出血で倒れた。

2011年 飲食店を営んでいたころの吉田さん
2011年 飲食店を営んでいたころの吉田さん

妻の裕子さんは「そのまま寝たきりになってしまうのかなという感じで。リハビリしてどこまで回復するのか、不安でした」と振り返る。

吉田さんが営んでいた飲食店「トモエ」
吉田さんが営んでいた飲食店「トモエ」

意識は回復したが会話ができない状態が続き、「トモエ」は約40年の歴史に幕を下ろした。
「まあ終わりかなと思ったよね、もう人生終わりかなって」と吉田さんはいう。

家族の支え 趣味を楽しめるまでに

吉田さんを支えたのが家族だ。懸命にリハビリに取り組み、右半身に麻痺が残るが寝たきりの状態から回復した。
30代の頃から趣味にしていた写真も再開できるようになった。妻の裕子さんは「好きなことをやって生活できていることに、すごく安心しています」と話す。

吉田さんの家族
吉田さんの家族

重いカメラを左手で支えるために、5キロのダンベルを持ち上げるなど毎日のトレーニングを欠かさない。

ある人との出会い 芽生えた思い

外で撮影する機会は減ったが、机の上を舞台に幻想的な世界を写真に収める吉田さん。2024年に初めて開いた展示会で出会った、ある女性の言葉が印象に残っているという。

吉田さんの作品
吉田さんの作品

「写真ずっと眺めていた女性がいた。そして泣いていたのですよ。どうしたのですか?と聞いたら、私も身体障がい者で何もやってないと。吉田さんの写真を見て、勇気が出ましたって。負けないで生きてほしいですよね。言葉では何でも言える、負けないでと。でも、自分が負けないでやらないと意味がないからね」

吉田陽一さん(70)
吉田陽一さん(70)

楽しく、前向きに、生きていく吉田さん。作品は、福島県南相馬市原町区の「旧トモエ」の店舗(南相馬市原町区南町3-77)で展示している。また2025年3月1から3月22日まで、南相馬市の中央図書館で3回目となる写真展も開催する。来場した人には、写真のプレゼントなども予定しているという。

(福島テレビ)

福島テレビ
福島テレビ

福島の最新ニュース、身近な話題、災害や事故の速報などを発信します。

  • 1
  • 2
“私”を生きる ~live My life~の他の記事
マッチョすぎる90歳ボディビルダー 「人生で負けたくない」19回目の日本一に 若さの秘訣は?【広島発】
マッチョすぎる90歳ボディビルダー 「人生で負けたくない」19回目の日本一に 若さの秘訣は?【広島発】
ライフ
「何年も墓参りに行けない」高齢者の声から生まれた奄美のボランティア隊、5年で隊員50人に【鹿児島】
「何年も墓参りに行けない」高齢者の声から生まれた奄美のボランティア隊、5年で隊員50人に【鹿児島】
ライフ
正確なショット武器に世界へ 秋田市の中学生ゴルファー加藤咲姫さんが日本代表に フランスで開かれる国際大会に初挑戦
正確なショット武器に世界へ 秋田市の中学生ゴルファー加藤咲姫さんが日本代表に フランスで開かれる国際大会に初挑戦
スポーツ
【場面緘黙症】学校で声が出ない子どもたち 
【場面緘黙症】学校で声が出ない子どもたち "人見知り"と誤解され続ける不安障害の実態とは
ライフ
一覧ページへ
×