政府は、農林水産物・食品の輸出額を2020年の約9,000億円から2030年に5兆円に拡大する目標を掲げていて、去年からは「農林水産物・食品輸出本部」を立ち上げ政府一体となって後押しをしてきた。その目標達成に向けて今、日本産食品のブランド化と、国際規格の争奪戦での戦略的展開が急務となっている。

コロナ禍でも農産物は売れる!政府が新対策取りまとめ

(内閣官房資料)
(内閣官房資料)
この記事の画像(9枚)

政府の統計によると、農産物の輸出額はコロナ禍の当初に一時的に落ち込んだものの順調に回復し、去年一年間のトータルは過去最高を行進した。今年も去年を上回るペースとなっている。とりわけステイホームによる海外の「家庭食需要」が増えたことで、牛肉、鶏卵、ホタテ、いちごなどの輸出が伸びている。政府も、コロナによるニーズの変化を捉え、家庭向け新商品、加工食品などの輸出、さらには輸出におけるオンライン商談などを支援してきた。

(首相官邸資料)
(首相官邸資料)

「コロナ禍でも、農産物は売れる」。この現象をチャンスと捉えた政府は5月28日に関係閣僚会議を開き、生産者の支援を行うための新たな対策を取りまとめた。

規格がバラバラ!「オールジャパン」で売り込みへ

海外産の牛肉と聞いて、真っ先に思い浮かぶものの一つに「オージー・ビーフ」があるだろう。「オージー・ビーフ」とは、オーストラリアの準政府組織「食肉家畜生産者事業団(MLA)」によるブランドで、オーストラリアの政府や食肉生産者らが一体となって、販売促進や市場調査などを行っている。

(オージー・ビーフのHP)
(オージー・ビーフのHP)

政府は新たな対策の中で、こうした「オージー・ビーフ」の例にみられるような「品目団体」を組織することを打ち出した。輸出拡大に取り組む生産~物流~輸出販売の事業者を一体化した団体を作り、共通の基準を設けたり市場調査を行ったりして、「オールジャパン」で売り出そうということだ。

「オージー・ビーフ」を例に取ると、「(オーストラリアの)○○州産牛肉」と言われてもピンと来ないだろう。マーケティングの観点から、「オールジャパン」で売り出すべきことは自明だろう。加えて、同じ産品を○○県、××県でバラバラに輸出していては効率が悪い。例えば下記の写真のように、同じ産品でも梱包の仕方がバラバラでは、言わば野積み状態で配送効率が悪い。また日本酒のような有名産品であっても、海外の棚に合わないサイズの瓶でバラバラに輸出されても「海外からは見向きもされない」(政府関係者)という。

(内閣官房資料)
(内閣官房資料)

政府は、このような「品目団体」の取り組みを支援するため、輸出促進法の改正、また金融・税制・予算など必要な支援を検討することにしている。

中国が緑茶の国際規格を“乗っ取り”!?日本のブランドを守れ!

「ISO」という国際規格はご存じだろうか。ISOとはスイスに本部を置く国際標準規格を定める非政府組織で、生活と密接に関わる様々なものについて「国際規格」を定めている。例えば「クレジットカードの大きさ(ISO/IEC7810)」「非常口のマーク(ISO7010)」など、多くのものがISO規格により世界共通となっている。

(農水省資料)
(農水省資料)

食品分野においてもISOは定められていて、農水省によると中国が緑茶の国際規格(ISO)を提案しているのだ。日本の製造方法とは異なる中国の基準で緑茶の国際規格が定められれば、日本の緑茶輸出、さらにはブランド価値にとって大きなダメージとなるだろう。今こそ政府一体となって日本の「財産」である農産物を守りつつ、国際社会でも優位なものにしていく必要があるだろう。

(農水省資料)
(農水省資料)

こうした中、政府が「みそ」の国際規格化を目指すことがわかった。農水省は、日本独自の「こうじ菌」や味噌製造法に関する国内規格「みそJAS」を2021年度中に新設し、国際規格化を目指すとしている。中国による“緑茶ISO”の試みを念頭に、政府は今こそ伝統的食品の保護、差別化を図るべきであろう。

処理水放出を控え風評対策を!

一方、東日本大震災から10年の節目を経た今日もまだ、日本の農産品への規制を残す国がある。シンガポールは5月25日の首脳会談で、ようやく規制撤廃を表明したものの、まだまだ規制を維持する国は多い。政府は、福島第一原子力発電所で保管されている放射性物質を含む処理水について、基準を下回る濃度に薄めたうえでの海洋放出の方針を決めているが、諸外国からの風評被害が懸念されている。

(処理水の入るタンク群・経産省資料)
(処理水の入るタンク群・経産省資料)

処理水について、28日の会議で茂木外相は“処理水の風評対策が重要局面”だと述べたほか、平沢復興相も“科学的で正確な情報発信で諸外国の理解を求めるべき”だと訴えている。「オールジャパン」で農産品を売り込んだところで、規制があっては“のれんに腕押し”だ。2年後に見込まれる海洋放出を前に、一層の風評対策が求められている。

菅首相渾身の政策だけに問われる成果

菅首相は28日の会議で「農業を地域の成長産業として、地方の所得を引き上げるため、政府一体となって全力を挙げていく」と意気込みを語った。菅首相は、官房長官の頃から農産品の輸出拡大に力を入れていて、輸出に取り組む農家を総裁選出陣式でのゲストスピーカーに招いたほどだ。

(首相官邸資料)
(首相官邸資料)

農産品の輸出拡大には、品目団体の組織による販売力の強化から、国際規格におけるブランド保護に至るまで、ハードルは少なくない。菅首相は、コロナ禍にあっても「海外市場が求めているものを作るという発想で改革を進めていけば、2025年2兆円、2030年5兆円という目標は、十分実現可能だと考えている」と強調している。菅首相渾身の政策だけに、今こそ政権の本気度が問われているだろう。

(フジテレビ政治部 山田勇)

山田勇
山田勇

フジテレビ 報道局 政治部