増え続けるわいせつ教師による児童生徒への性暴力。わいせつ教師を二度と教壇に立たせないための教員免許法改正や制度改革が進む一方、いまだに確立できていないのが被害者やその家族に対する保護・支援制度だ。「ポストコロナの学びのニューノーマル」第16回は、千葉県で発生した事件を取材した。

小6女児の手記が語るわいせつ被害の後遺症

「私は××先生にセクハラ(?)をされました。そういうことをされて、最初は遊び半分かな?と思っていたけど、2回目もされて『こわい』と思いました。ねれなくなったり、学校に行けなくなったりしました。学校に行けなくなって、でも、クラスの子たちとあいたいけど、やっぱりこわくて、行けなくて、『かなしい』なと思い始めました。」(××は教師の実名。他は原文ママ)

この手記は教師からわいせつ被害を受けた、当時小学校6年生の女児が書いたものだ。2017年から複数回被害を受けた女児はその後不登校となった。手記はこう続いている。

「でも、今は、学校に少しずつ行けるようになったので、かなしいとは思わなくなりました。それよりも、今は、そのやられたことを思い出すということの方がつらいです。まだ、教室でべんきょうはできてないけどおくれている分をおいつかせて、教室で、べんきょうができればいいなと思います。」

この手記を書いた女児はその後PTSDと診断され、いま彼女は中学2年生だが2,3週間に1回程度保護者同伴で保健室に登校する以外は学校に行くことができない。両親はネット学習などで授業に遅れないようにしているという。

女児はPTSDを発症し学校にほとんど行くことができない
女児はPTSDを発症し学校にほとんど行くことができない
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教師と教育委は「不登校の正当化」と否認

この事件を担当する村山直弁護士は、千葉市の学校内における性暴力防止のための有識者会議、「子どもへの性暴力防止対策検討会」のメンバーでもある。村山氏によると被害者の両親は2018年に発覚後学校に相談したが取り合ってもらえず、警察に被害届を出したものの書類送検されたのは半年以上経った後だった。結局検察の事情聴取で「女児の記憶が薄れてきている」などとして不起訴となり、2019年1月両親は県と自治体の教育委員会、教師を相手取って民事訴訟を起こした。

事件の概要を村山氏はこう語る。

「女児は『教師が学校の体育館のトイレの個室に女児と2人になる状況を作り、胸を直接さわられた』と被害を訴えています。しかしこの教師は個室に2人で入り身体の接触があったことは認めていますが、直接胸に触ったことは否認しています。また自治体の教育委員会も『女児は自らが登校しないことを正当化するための理由として、わいせつ行為を誇張している』と教師と一緒になって否認をしています。」

村山氏によるとこの教師はわいせつ行為を始めた2017年当初、女児の肩に手をかけたり、あごをくすぐったりしていたが、徐々にエスカレートしてわきの下をくすぐるなどし、2018年2月にトイレ内でのわいせつ行為に至ったという。

自治体の教育委員会は取材に対して「係争中なのでコメントは控えさせていただきます」と答えた。また千葉県の教育委員会も「継続中ですのでコメントは控えさせていただきます」と答えた。

村山直弁護士は千葉市の学校内の性暴力防止のための有識者会議のメンバーでもある
村山直弁護士は千葉市の学校内の性暴力防止のための有識者会議のメンバーでもある

「学校で性暴力はあってはならないから対応できない」

両親は村山氏とともに県と自治体の教育委員会と話し合いを行い、教師を別の学校に異動させてほしいと要望を出した。しかし教育委員会側は「本人が否認している」と、教師をそのまま学校にいさせた。村山氏らが再三教育委員会に申し入れをした結果,ようやく教育委員会は教師を研修の名のもとに異動させた。わいせつ行為が発覚してから半年後の2018年夏だった。

村山氏は教育委員会には監督義務と調査・環境調整義務の違反があったと主張する。

「学校と教育委員会は子どもの安全に配慮し、安心して学習できる環境を作る義務があり、これに違反しています」

しかし千葉県の「子どもを虐待から守る」条例には学校内の性暴力が含まれないという。

「県の発想は『学校では性暴力はあってはならない。だからそのようなことがあるのを前提とした対応はできない』というものです。しかし実際に起きているわけです」(村山氏)

アンケート用紙に児童が名前を書く欄を設ける

教育委員会側はこの問題を受けて、学校で児童を対象にアンケート調査を行ったと主張する。しかし調査は学校内で行われアンケート用紙には児童が名前を書く欄を設けていた。これについて村山氏は「学校のアリバイ作りでしかない」としたうえでこう語る。

「昨年、複数の児童に強制性交をした千葉市の元教師に対して、懲役14年の実刑判決が言い渡されました。これを受け我々有識者会議では市の教育委員会に対して子どもがSOSを出せる仕組みが必要である旨提言し、今年6月から「子どもにこにこサポート」という子どもたちが教師からの暴力について直接手紙で相談できる仕組みが作られました。これは性暴力だけでなく体罰なども含まれますが、設置後3か月間で既に約50件の声が寄せられ、その後も相談件数はどんどん伸びていると聞いています」

教育委以外の第三者性のある組織の設置が必要

ただこれでもまだ仕組みとして課題が残ると村山氏は語る。

「通報の窓口は千葉市の教育委員会です。教育委員会は教師を採用し監督する立場であり、第三者とはいえません。埼玉県などは第三者委員会がこうした声の窓口になっていますので、やはり第三者性のある組織を設置すべきであると考えています」

前述の千葉市のケースでは、10年近くにわたって性暴力が行われてきた。

「それに気づけなかった問題は当該教師だけでなく、学校や教育委員会にもあります。しかし問題発覚後も、自分たちが加害者の立場であるという発想がないのではと思うこともありました」(村山氏)

学校や教育委員会について村山氏は「そもそも児童生徒の安全に配慮する義務を負う立場であるという意識が足りない」と語る。

「学校や各教師は子どもが安心で安全な学校生活を送れるよう配慮する法的義務を負っていることを認識して頂きたいです。また教育委員会は『起きてはならないことだから起きることを前提とした制度は作れない』などと対策を講じない理屈を考えるのではなく、子どもを守るための体制作りをするよう強く願います」

「教師の不祥事」ではなく「子どもの人権侵害」だ

この事件で被害者両親の支援を行っているNPO千葉こどもサポートネットの米田修理事長は、こうした問題に約30年にわたって取り組んでいる。

「今回ご両親はたまたま専門の村山先生に出会いました。弁護士にも様々な分野の方がいるので、これは奇跡的な話です。村山先生は教育委員会に調査を求めましたが、なかなか教育委員会側が対応しませんでした。そこで知人を介して紹介され、私もサポートに入って学校と教育委員会に話し合いを行いました」

米田氏は「教育委員会や学校には我々と認識の違いがある」と言う。

「こうした問題が起こると必ず『教職員の不祥事』、つまり個人の問題として処分しようとします。しかしそれは違うと私はずっと言ってきました。これは教師の不法行為による『子どもの人権侵害』なのです。そしてその責任の主体は、教師を採用し学校を設置し管理運営している自治体・教育委員会です。本来教育委員会や学校は、被害者であるお子さんを保護し、受けた心身のダメージのケアをすぐやるべきです。しかしそういう体制は教育委員会側にないのが現状です」

NPO千葉こどもサポートネットの米田修理事長は約30年にわたり子どもの虐待問題に取り組んでいる
NPO千葉こどもサポートネットの米田修理事長は約30年にわたり子どもの虐待問題に取り組んでいる

学校内のわいせつ行為は「空白地帯」

いま家庭内の子どもへの虐待の対応には、児童相談所など公的な体制整備が行われている。

しかし米田氏は「教師による暴力は『空白地帯』になっている」と語る。

「現行の児童虐待防止法ではすべての虐待を禁止しています。しかし児童相談所などが法的措置をとることができる児童虐待は、保護者など家庭内の虐待に限定されています。つまり教師による学校内の虐待は対象外となっているのです」

憲法では教育を受ける権利が定められており、学校や教育委員会は子どもが安心して学ぶ場を提供する義務があるはずだ。

「体罰や暴言、わいせつ行為などは、教師による子どもへの学校内虐待として、子どもの権利擁護の視点から対応策を整備する責任が自治体にあります」(米田氏)

被害者家族を支援するワンストップ体制を

今回の事件では両親が自ら学校に足を運んで話し合い、弁護士を探し警察に相談した。しかし米田氏は被害者家族にこうした負担を強いる状況を変えるべきだと主張する。

「ほとんどの被害者の親は法律も制度も知りませんし、教育委員会の役割さえ分かりません。ですから被害を訴えた段階で、ワンストップで自動的にすべてにつながる子どもの権利擁護体制が必要です。性犯罪であれば刑法上の対応を警察に、もし身体的な被害を受けているのであれば医療機関につながり、児童福祉とも連携するというものです」

教師によるわいせつ行為を起こさないための予防や再発防止策はもちろん重要だ。

しかしまずは被害を受けた子どもの心身をケアして保護し、被害者の家族を国や自治体が連携して支援することが必要である。そして第三者が検証を行い、長期的には法制度を見直すことが求められる。

国連が掲げる子どもの権利をこの国が守れないのなら、大人たちの怠惰であり恥ずべきことだ。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。