11年前、韓国人窃盗団に盗まれ、海峡を渡った“地域の宝”は、再び日本に戻るのか。10月26日、韓国最高裁が下した判決で、長らく日韓関係に刺さっていたトゲの1つがようやく抜けそうだ。日本への返還に繋がる今回の判決は、極めて良好な現在の日韓関係と、関係しているのかもしれない。

最高裁が韓国の寺の訴えを棄却

韓国の最高裁は10月26日、長崎県の対馬から韓国人窃盗団によって盗み出され、韓国に渡った仏像の所有権を主張する韓国の寺の訴えを棄却した。

韓国大法院(日本の最高裁にあたる)
韓国大法院(日本の最高裁にあたる)
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この裁判は2012年に長崎県対馬市の観音寺から盗まれ韓国に渡った仏像「観世音菩薩坐像」を巡り、日本に返還しようとしていた韓国政府に対して、韓国中部の瑞山(ソサン)市にある浮石寺という寺が、「元々は倭寇に略奪されたもの」として所有権を主張していたものだ。

最高裁で敗訴した韓国・浮石寺の住職 10月26日
最高裁で敗訴した韓国・浮石寺の住職 10月26日

仏像は、そもそも「盗難」という不法行為で日本から韓国に持ち出されたもの。韓国で窃盗団が逮捕され、押収された仏像は、当然持ち主である日本の寺に返還されるはずだった。韓国政府もそのつもりだった。なぜなら、ユネスコの文化財不法輸出入等禁止条約では、盗難文化財は原則的に返還することと定められていて、日本も韓国も、この条約を批准しているためだ。

韓国の窃盗団に盗まれた仏像
韓国の窃盗団に盗まれた仏像

ところが、それに横やりを入れたのが、浮石寺だ。しかも、1審の大田地裁は2017年1月、浮石寺の所有権を認め、仏像を浮石寺に引き渡すよう命じる判決を言い渡していた。当然、日本からは強い反発が出た。

仏像の所有権を主張した韓国の浮石寺
仏像の所有権を主張した韓国の浮石寺

私は2017年から21年まで韓国・ソウルで特派員として取材していたのだが、当時の韓国政府関係者や知識人からは「さすがにあの判決は恥ずかしい。条約を無視する国だと思われる」という声が聞かれた。

文大統領時代には仰天判決連発

一審判決が出た直後の2017年5月に大統領になったのが、文在寅前大統領だ。文大統領の時代には「日韓関係は過去最悪」と呼ばれ、首脳会談も長らく行われないなど、日韓は冬の時代だったと言える。その関係悪化の大きな要因が、韓国司法が下した判決だ。日韓関係を大きく揺るがしたのが、2018年10月に韓国最高裁が言い渡した、いわゆる徴用工訴訟判決だ。

韓国の文在寅前大統領
韓国の文在寅前大統領

日本政府は、1965年の日韓請求権協定で解決済みとの立場だが、韓国司法は、日本企業に対して損害賠償を支払うよう命じ、判決が確定したのだ。解決策が見いだせないまま、どんどん関係が悪化していく日韓関係。韓国国内で取材していると、日本メディアへの風当たりも強く、取材現場で罵声を浴びせられる事もあった。日本製品の不買運動も起きた。

いわゆる徴用工訴訟の原告 2018年10月
いわゆる徴用工訴訟の原告 2018年10月

さらに、2021年1月にも、韓国人元慰安婦らが日本政府に対して損害賠償を求めた裁判で、ソウル中央地裁が日本政府に対して賠償支払いを命じた判決を言い渡した。

こうした判決が出る度に、「韓国司法は時に驚くような判決を出す」事例として、対馬の盗難仏像返還裁判の話を何度も紹介していた記憶がある。

尹錫悦大統領誕生で変化が

日韓関係が「過去最悪」となった文在寅政権の後、2022年5月に誕生したのが、現在の尹錫悦政権だ。

2022年5月に就任した韓国の尹錫悦大統領
2022年5月に就任した韓国の尹錫悦大統領

尹大統領の誕生によって、日韓関係はまさに劇的な変化を遂げた。最大の問題だったいわゆる徴用工の問題については、賠償を命じられた日本企業に代わって、韓国政府傘下の財団が賠償を肩代わりするという解決策を実行している。

尹錫悦大統領誕生以降、日韓関係は急速に改善した
尹錫悦大統領誕生以降、日韓関係は急速に改善した

首脳会談も何度も行われた。文在寅政権時代には「旭日旗を掲げた自衛隊の船を韓国の港には入れない」という険悪な関係だったが、今や、イスラエルから脱出する際に日本人が韓国軍の航空機に乗り、韓国人も自衛隊の航空機に乗るほど、相互協力が進んでいる。冬の時代に韓国に駐在していた身からすると隔世の感がある。

司法が政権の意向を「忖度」?

韓国では、時の政権の意向を司法が「忖度」するケースが多いという話をよく聞いた。大法院(日本の最高裁にあたる)の長官を大統領が指名する事などから、「さもありなん」という見方もあるが、実際のところは個々の裁判官によるだろうし、確たることはわからない。

ただ、仏像返還訴訟について見てみると、尹大統領就任から9カ月ほど後になる2023年2月の控訴審判決では、韓国の寺の所有権を認めた一審判決がひっくり返り、韓国の寺の所有権を認めなかった。そして今回の韓国最高裁の判決だ。日韓関係を重要視する尹錫悦政権としては、ほっとした事だろう。

日本側は今後、韓国政府と仏像の返還に向けた協議を進めるものとみられるが、盗まれた仏像が、再び対馬に戻る日が早く来ることを祈る。
(プライムオンライン編集長 渡邊康弘 ※前ソウル支局長)

渡邊康弘
渡邊康弘

FNNプライムオンライン編集長
1977年山形県生まれ。東京大学法学部卒業後、2000年フジテレビ入社。「とくダネ!」ディレクター等を経て、2006年報道局社会部記者。 警視庁・厚労省・宮内庁・司法・国交省を担当し、2017年よりソウル支局長。2021年10月から経済部記者として経産省・内閣府・デスクを担当。2023年7月からFNNプライムオンライン編集長。肩肘張らずに日常のギモンに優しく答え、誰かと共有したくなるオモシロ情報も転がっている。そんなニュースサイトを目指します。