韓国で元慰安婦の支援団体「正義記憶連帯(略称:正義連)」による数々の疑惑(※)が持ち上がってからちょうど1カ月となる6月7日、検察の家宅捜索を受けた支援団体施設の責任者が遺体で発見された。遺体の状況から警察は自殺とみている。

(※)関連記事:韓国政府元高官が語ったタブー「元慰安婦と支援団体は利害関係が違う」

ついに死者まで出てしまった今回の疑惑。渦中の尹美香(ユン・ミヒャン)前正義連理事長は、自身のSNSで「記者は施設が犯罪者の巣窟であるように報じた」「検察は施設におしかけ家宅捜索をした」などとメッセージを出し、メディアと検察に怒りの矛先を向けた。

前正義連理事長の尹美香国会議員。6月5日から議員としての不逮捕特権を得た
前正義連理事長の尹美香国会議員。6月5日から議員としての不逮捕特権を得た
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なお、4月の選挙で与党から出馬して当選していた尹前理事長は晴れて国会議員となり、会期が始まった6月5日以降、身柄拘束には国会の同意が必要な不逮捕特権を得るに至った。

正義連を巡る疑惑は保守系メディアを中心にある程度出尽くし、後は検察の捜査結果を待つ段階に入ったため、最近はメディアでの露出も控えめになってきた。しかしここに来て、この問題について初めて見解を述べた重要人物がいる。

韓国の最高権力者、文在寅大統領だ。

文大統領が慰安婦支援団体の疑惑で初コメント

文大統領は6月8日、大統領府で開いた首席補佐官会議の冒頭で、初めて正義連の疑惑について口を開いた。

「慰安婦運動の大義は強硬に守られなければなりません。慰安婦運動30年の歴史は人間の尊厳を守り、女性の人権と平和に向かった足取りでした。人類普遍の価値を実現しようとする崇高な意が毀損されてはいけません」

6月8日に行われた会議の冒頭で、文在寅大統領は初めて慰安婦支援団体の疑惑についてコメントした
6月8日に行われた会議の冒頭で、文在寅大統領は初めて慰安婦支援団体の疑惑についてコメントした

慰安婦問題に対する批判は韓国でタブー視されてきたが、今回は当事者である元慰安婦の李容洙(イ・ヨンス)さん自身が告発したことで、支援団体の寄付金不正使用疑惑などに対し、追及の目が向けられていた。こうした中で、文大統領は慰安婦支援の運動と団体の疑惑を切り離し、運動自体の意義を傷つけてはならないと述べたのだ。

疑惑については直接言及せず、団体を批判した元慰安婦の李さんについて「慰安婦運動の歴史だ」「慰安婦おばあさんがない慰安婦運動を考えることができません」などと持ち上げた。一方で、市民団体への寄付金や補助金の透明性を上げる制度改革を行うとしている。

韓国政府は正義連の意見を重要視する形で2015年の日韓合意を実質無効化しており、慰安婦運動そのものや、こうした政府の判断にまで批判が波及するのを避けたいとの狙いがあるのかもしれない。そして、この発言の中で見過ごせない一文が登場した。

「真の謝罪に至っていない」

文大統領は一連の発言の最後の方で、こんな事を話していた。
「慰安婦運動は今でも現在進行形です。被害者の傷は全て治癒されなかったし、真の謝罪と和解に至っていませんでした

文大統領の言う「真の謝罪」とは何なのだろうか?安倍首相は、2015年の日韓合意において「日本国の内閣総理大臣として改めて、慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に対し、心からおわびと反省の気持ちを表明する」と明確に謝罪している。

しかもこの合意において、日韓両政府は「この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する」としているので、この安倍首相の謝罪もまた「最終的かつ不可逆的」なものだ。合意が遵守される限り、安倍首相はこの謝罪を撤回する事は出来ない。この謝罪があってもなお、文大統領は「真の謝罪」ではないというのだ。

文大統領は「日韓合意では慰安婦問題は解決しない」との立場を表明しているが、その主な理由は「被害者が同意していない。被害者中心主義に反する」というものだ。安倍首相の謝罪そのものについて言及したことは、私が知る限りこれまでなかった。日本外交の最高責任者である首相が行い、韓国政府も同意していた「最終的かつ不可逆的な謝罪」すら全否定する発言だ。

韓国市民「日本は謝罪していない」

「日本は謝罪していない」または「真の謝罪をしていない」という見解は、韓国では珍しいことではない。日韓関係について街中で韓国人にインタビューしたり、関連する韓国メディアの記事のコメント欄を見れば、いくらでもこの種の発言は出てくる。

だが、日本は慰安婦問題についてこれまで何度も謝罪してきている。
主なものだけでも、
1992年の加藤紘一官房長官による談話、
1993年の河野洋平官房長官による談話、
1995年の五十嵐広三官房長官によるアジア女性基金発表、
1995年の村山富市首相の談話、
1996年の原文兵衛アジア女性基金理事長による手紙、
1997年の橋本龍太郎首相による手紙、
2001年の小泉純一郎首相よる手紙、
2005年の小泉首相による談話(※慰安婦問題への直接言及はないがアジア諸国の人々へのお詫びを表明)、
2010年の菅直人首相による談話(※慰安婦問題への直接言及はないが、日韓併合100年に際し「植民地支配がもたらした多大の損害と苦痛に対し、ここに改めて痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明いたします」)、
そして2015年の安倍首相による日韓合意での謝罪(※岸田文雄外相が代読)など数多い。

2015年12月28日に交わされた日韓合意で、安倍総理は慰安婦問題について明確に謝罪している
2015年12月28日に交わされた日韓合意で、安倍総理は慰安婦問題について明確に謝罪している

しかし、正義連やその前身の挺身隊問題対策協議会はこうした謝罪を意に介さず「日本は謝罪しろ」と言い続け、それを引用した韓国メディアは「謝罪もしない日本」と報じ続けた。

正義連の主張はいつの間にか「日本は法的謝罪をしろ」に微修正されたが、「謝罪しない日本」というイメージは定着し、韓国メディアが現在も再生産している。

こうした支援団体の主張や報道の影響か、正確な統計はないがソウルに暮らす日本人の肌感覚として、日本は謝罪していないと考えている韓国人はかなり多いと思われる。

多くの謝罪があった事実に基づく対応を

これまで日本政府や日本の支援団体は、「加害者」として韓国の国民に何度も謝罪してきた。

それは動かしようのない事実だ。それをどう受け止めるのかは韓国側次第だが、多くの謝罪が存在するという事実を無視して日本を評価するのは間違っている。日本側から見れば、何度謝っても韓国側から謝罪要求が繰り返されるため、諦めと徒労感が生じ、それが日韓関係を積極的に改善しようという機運を喪失させていることも事実だ。

今回の大統領のコメントは、韓国人の一般的な認識をそのまま言っただけかもしれない。国家間の約束であり、韓国政府も当事者である日韓合意で明確に行った安倍首相の謝罪をもってしても「真の謝罪に至っていない」と大統領自身が発言することの意味まで認識していたのかは明確ではない。

だが、「日本は謝っていない」との間違ったイメージが大統領のお墨付きだと曲解され、日本の謝罪についての韓国人の認識がさらにねじ曲げられれば、日韓関係の改善は一層遠のくことになるだろう。

【執筆:FNNソウル支局長 渡邊康弘】

渡邊康弘
渡邊康弘

FNNプライムオンライン編集長
1977年山形県生まれ。東京大学法学部卒業後、2000年フジテレビ入社。「とくダネ!」ディレクター等を経て、2006年報道局社会部記者。 警視庁・厚労省・宮内庁・司法・国交省を担当し、2017年よりソウル支局長。2021年10月から経済部記者として経産省・内閣府・デスクを担当。2023年7月からFNNプライムオンライン編集長。肩肘張らずに日常のギモンに優しく答え、誰かと共有したくなるオモシロ情報も転がっている。そんなニュースサイトを目指します。