普段あまり筆と硯に触れていないという人も、小学校で一度は体験したことがあるだろう、習字の授業。その時の片付けで多くの人がしていただろうことが、実は間違いだった?というTwitterの投稿が話題になっている。

(聞こえますか…春からお習字を始めるお子様方…保護者の皆様…)
(新しい筆をおろしたら、付属のサヤはすぐにお捨てください…)
(ご使用後、サヤをして保管されますと、筆の穂が腐って使えなくなります…)
(サヤはすぐにお捨てください…筆屋からのお願いです…)
#サヤダメゼッタイ

投稿したのは、書道用の筆をはじめとする書道用品等を製造・販売している、株式会社あかしや(@AkashiyaFude)。

筆の隣に置いてある“キャップ”が「サヤ」(画像:株式会社あかしや公式Twitter @AkashiyaFude より)
筆の隣に置いてある“キャップ”が「サヤ」(画像:株式会社あかしや公式Twitter @AkashiyaFude より)
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新品の筆の先についている「サヤ(キャップ)」について、筆を洗ったあとに再びサヤをはめて保管するのは間違いだといい、理由については、続くツイートで「筆の穂に湿気は大敵です。サヤをしたままで置いておかれますと、湿気が逃げず腐敗・カビの原因になります。(そしてとても臭い)と語っている。

「#サヤダメゼッタイ」というタグからも切実な願いであることがうかがえるが、あかしやが同じく公式Twitterで行ったアンケートによると、書道筆を使ったあとにサヤを「穂先につけ直していた」という人は、投票された1万1258票のうち69.3%。

画像:株式会社あかしや公式Twitter(@AkashiyaFude)より
画像:株式会社あかしや公式Twitter(@AkashiyaFude)より

「外していた」人は29.1%、「その他」は1.6%となり、実に7割近くが間違った筆の保管方法をしていた、という結果が出た。

この“サヤ問題”には2万3000件を超える「いいね」がつき(3月29日現在)、「え、小学生のころ筆先保護を目的にサヤして保存してましたがアレダメだったのか」「まじですか…20年近くマーカーペンみたいにキャップだと思ってました…」「子供の時に知りたかった…」などのコメントが寄せられていた。

では、正しい筆の保管方法とはどんなものなのだろうか。

あかしやは続けて、

・太筆は水かぬるま湯で、根元から墨を落とすように洗う
・細筆は水で洗わなくても、反故紙(不要になった紙)を濡らして墨を優しく拭き取り、穂先を整える
・洗ったあとは穂先を下に向け、風通しのよい日陰に洗濯ばさみなどで吊るして完全に乾かす
乾いたあとは、穂先を上に立てて置いても、筆巻に巻いて収納してもよい

という方法を、過去の投稿などから紹介している。

よく乾かしたあとは筆巻(画像右)で保管を(画像:株式会社あかしや公式Twitter @AkashiyaFude より)
よく乾かしたあとは筆巻(画像右)で保管を(画像:株式会社あかしや公式Twitter @AkashiyaFude より)

使い終わった筆はサヤを着けるのではなく筆巻に包んで保護したり、そもそも何も着けずに穂先を立てて保管するのが良いそうだが、「サヤをつけて保管派」だったという人は、筆が型崩れしないようにと思ってしていたことだろう。

では、筆をしっかり乾かした後にサヤをつけるのも、やはりNGなのだろうか? そして多くの人が間違った保管方法をしていたという事実をどのように受け止めたのか…あかしやに取材を申し込むと、「筆の扱いについて多くの方に知っていただきたい」とのことで取材に応じてくれた。

筆を作る側は「サヤをつける発想があるのか」と驚き

――今回、筆の「サヤ」についての情報を発信した理由は?

毛筆に関するお困りごととして、「毛が抜ける、切れる」というお声をいただくことがよくあります。見せていただくと、湿気による毛の傷みが原因のことが多く、サヤをつけたまま保管されている方が一定数いるのでは…という認識があり、どこかのタイミングで一度お伝えしたいとは思っていました。

特に今、これからお習字を始める方が増える時期でもあり、正しく保管いただくことで、授業やお稽古で悲しい思いをする方が少しでも減れば…という思いで投稿させていただきました。


――サヤをつけたまま保管している人が7割というアンケート結果について…

個人的にはこのツイートをする前、知らない方が3割くらいかと思っていましたので、逆の結果にとても驚きました。また社内でも「そんなに多いの!?」「そもそもサヤをつける発想があるのか」と驚く人が圧倒的で、世間とのギャップを感じました。

サヤの扱いは商品説明に表記したり、お取引先様のご要望でサヤに「捨ててください」とシールを添付している筆もありますが、コスト上の問題ですべての商品には付けられません。長くご使用いただくために、お伝えのしかたをもっと工夫しなければと感じました。

太筆(左)と細筆(右)の洗い方の例(画像:株式会社あかしや公式Twitter @AkashiyaFude より)
太筆(左)と細筆(右)の洗い方の例(画像:株式会社あかしや公式Twitter @AkashiyaFude より)

――改めて、なぜ筆にサヤをつけた状態で保管してはいけないのか教えて

毛が腐りやすくなります。腐ると当然悪臭を放ち毛が抜けます。一度腐敗が始まると元に戻ることはありません。カビも生えやすくなります。

また、一度おろした筆をサヤに戻そうとすると、毛が折れたり、逆向きになってしまったりします。これも非常に良くないことです。


――新品の筆にサヤをつけている理由は?


筆は穂先が命です。穂先を守るためにサヤをつけています。お客様の手元に届くまでの輸送中はもちろん、出荷までの様々な工程の中で、穂先が傷むことを防ぐためのものです。

サヤを着けなおすと毛が折れてしまうことも…(イメージ)
サヤを着けなおすと毛が折れてしまうことも…(イメージ)

――正しく保管するとどのくらいの間、品質を保つことができる?

一概には言えないのですが、学校の書写で使用される場合ですと、1年前後が目安になるかと思います。


――では、反対に間違った保管をすると、どのくらいで筆はだめになってしまう?

お手入れの仕方による耐用期間、というお話では、極端な例を挙げると、一度しか使用していなくとも環境が悪ければ、毛は腐ります。温度と湿度が菌の繁殖に適していると、一晩で腐ってしまうこともあります。

少し専門的な話になりますが、書写・書道における「書」は、筆と紙との接触(摩擦)によって生み出されるものです。摩擦によって穂先はすり減っていくので、新品の状態を最高と考えると使えば使う程摩擦により劣化すると言えます。

しかし使い込んでいくと、毛1本1本のキューティクルに墨のニカワ成分が入りこみ弾力が加わります。このため、ある程度使用した場合に、最も書きやすい状態になるとも言えます。(そしてその弾力の変化も使用される毛質によってさまざまです。)

仮に、毎週1~2時間程度使用するとしても、数か月で使用に耐えない状態になる筆もあれば、数年(あるいはもっと長期間)使用できる筆もあります。

筆は「面倒くさい道具」。筆との出会いが楽しい経験になってほしい

――投稿から「筆の保管方法」が注目されることになりました

驚きました。こうして多くの方に見ていただけたことで、弊社としてもより知っていただくことの必要性に気づき、SNSの力に大変感謝しております。発信を見てくださった皆様にお礼を申し上げます。筆の取り扱いについて、これからも地道に発信していきますので、ぜひご覧ください!


――これから初めて筆を使う子どもたち・保護者たちにぜひメッセージを

筆は手づくりの道具です。使う毛の種類はもちろんですが、同じ動物の毛であっても、雄雌、部位、生息地や採取する季節によって弾力や毛質が違ってきます。それが動物毛の豊かな個性です。また作る職人によっても出来上がりが少しづつ違います。

材料を安定確保することで、できるだけ平準化に努めていますが、個体差はでます。書いてみるまで、筆の個性はわかりません。自分の手で書いて試して、初めて確かめることができます。たくさん試して、自分に合うものと出会ってもらえれば嬉しいです。

筆は面倒くさい道具です。準備にもお片づけにも、「書く」そのものにも手間がかかります。でも、筆で書いた文字には自分の心や気持ちが表れます。お手本通りでなくても、筆と紙と墨とあなたの手とでつくる文字は、世界で一つの素晴らしい作品になります。集中して一文字一文字に向き合う豊かな時間や、自分の手から作品が生まれる楽しさを知ってほしいと思っています。

皆様と筆との出会いが、楽しい経験になることを心から願っています。

公式Twitterでは筆ペンの保管方法なども発信(画像:株式会社あかしや公式Twitter @AkashiyaFude より)
公式Twitterでは筆ペンの保管方法なども発信(画像:株式会社あかしや公式Twitter @AkashiyaFude より)

「サヤをつけて保管する」という発想そのものに驚いたというあかしや。

筆の最大の敵は湿気のため、サヤをつけて保管するのはやはりNG。
正しい筆の洗い方・保管方法については「様々なやり方があり、絶対的に『正しい』方法は一概に言い切れないと思っている」「弊社のおすすめする洗い方も一例で、教室や環境によってそれぞれやり方があると思います」とした上で、「すぐに洗えない、乾かせないこともあると思いますが、そんな時は反故紙などで水分をできるだけ吸い取ってください。持ち運ぶ時以外は書道バッグに入れず、なるべく早く洗って乾かしていただきたいです。筆先が濡れた状態では腐りやすいため、洗い方よりも早く乾かす!を心に留めていただけるとありがたいです」と教えてくれた。

そしてきちんと乾かした筆であっても、サヤをつける際に毛が折れるなどの別のトラブルが起きてしまうため、やはり「サヤはすぐに捨てる」のが良いそうだ。

多くの人が“意外と知らなかった”筆の知識。まもなくやってくる4月、新学期に初めて筆を手にする子どもたちも多いだろう。初めての筆を大事にしようと思う気持ちが、筆にとってはまさかの逆効果になってしまった…などということがないよう、ぜひ参考にしていただきたい。

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。