韓国で高校生ら304人が犠牲になった大型旅客船「セウォル号」の沈没事故から16日で10年となった。韓国の海難史上、最悪とも言われる惨事から10年となるが、事故原因は今も究明されていない。

転覆した「セウォル号」
転覆した「セウォル号」
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「パパ、船に水が…」今も事故の真相を追い求める遺族が娘との最後の会話と今の思いを語った。

304人が犠牲…真っ先に逃げ出した船長に韓国中が激怒

2014年4月16日午前9時前、韓国西部の仁川港を出発し済州島に向かっていた大型旅客船「セウォル号」が、韓国南部の沖合で急に旋回し船体が傾き始めた。

セウオル号は急旋回し沈没した
セウオル号は急旋回し沈没した

セウォル号には修学旅行中の高校生325人を含む乗客と乗員476人が乗船していたが、1時間余りで転覆し沈没。299人が亡くなり、5人が行方不明になった。

船体が大きく傾く中、船長や一部の乗員が乗客を適切に避難誘導しなかったばかりか、真っ先に逃げ出したことも明らかになり、韓国中が激怒。日本でも大きく報じられた。

救命ボートの数も足りていなかった
救命ボートの数も足りていなかった

2015年11月、最高裁は船長に対し「自分が助かるために300人以上の乗客を事実上、水死させた」として無期懲役を言い渡した。

10年たっても明らかにならない事故原因

一方で事故原因の特定は困難を極めた。

政府が設置した複数の調査委員会では様々な説が浮上したが、統一された結論は出ず、事故から3年後の2017年にはセウォル号が海底から引き揚げられた。

引き揚げられたセウオォル号は現在も保存されている(韓国・木浦)
引き揚げられたセウオォル号は現在も保存されている(韓国・木浦)

しかし船体の調査を経ても結論は出ず、調査委員会は機械の欠陥などの理由で沈没したとする「内因説」と、衝突など外力による沈没の可能性を追加で調査しなければならないとする「外力説」の2つを併記した。

結局、事故から10年たった今なお、はっきりした事故原因はわかっていない。

「パパ、船に水がたまってきている…」娘との最後の会話

「どのように船が沈没したのか…それを少しでも知りたくて。それで今でもカメラを構えているんです」

事故直後から10年間、記録映像を撮影し続けているムン・ジョンテクさん(61)。当時、高校2年生だったジソンさん(当時16)を事故で失った。

遺族の活動を撮影するムン・ジョンテクさん(韓国・安山市)
遺族の活動を撮影するムン・ジョンテクさん(韓国・安山市)

ムンさんがテレビの速報で事故が起きたことを知り、状況を把握しようとしていたその時、携帯電話に知らない番号から着信があったという。

友達の携帯で電話してきた娘のジソンさんからだった。

事故の犠牲になったムン・ジソンさん
事故の犠牲になったムン・ジソンさん

「『パパ、船に水がたまってきている』と言うから『出てこい!』と言いました。『出られない』」と言う娘に『出口があるはずだ』と伝えました」

救命胴衣のフックをしっかりとめるように娘に話していたその時、船内放送が聞こえたという。

「私は子どもと電話しながら(船内)放送を2回も聞きました。『動くと危ないから、じっとしていなさい』と。携帯の向こうからその放送の音が聞こえたんですよ。私もそれを聞いて安心してしまった。今になって後悔しています…」

事故直後の船内…適切な避難誘導はなかった
事故直後の船内…適切な避難誘導はなかった

事故当時、一刻も早く避難しなければいけない状況にも関わらず、船内にとどまるように指示する船内放送が複数回あったことが確認されている。適切な避難誘導がなかったことが被害を拡大させたと指摘されている。

沈みゆく船内にいるジソンさんとの電話が最後の会話となる。

亡くなった娘のムン・ジソンさん(16)
亡くなった娘のムン・ジソンさん(16)

ジソンさんが見つかったのは事故から15日後。ワカメの養殖業者に発見されたという。

「父としての義務を果たせなかった。仕事に追われ普段は優しくしてあげることができなかった…」

映像で伝えたい事故の真実と遺族の10年

ムンさんは事故から10年となる節目に、これまで撮影してきた映像をプロの監督と共に1本のドキュメンタリー映画にまとめた。

その映画「風の歳月」では子どもを失った遺族たちが事故原因の究明を求める10年間を追っている。

映画「風の歳月」より(提供:CinemaDal)
映画「風の歳月」より(提供:CinemaDal)

事故に対して国はどのように行動し、大惨事にあった国民はどう受け止めたのか、その姿をそのまま伝え、それを見た観客が『私はどのように生きなければならないのか、私は何をすべきなのか』と感じてもらいたい」

今も撮影を続けるムン・ジョンテクさん
今も撮影を続けるムン・ジョンテクさん

事故の後、安全な社会をつくる意識は高まったが、2022年にはソウルの繁華街「梨泰院」で日本人2人を含む159人が犠牲となった雑踏事故も起きている。

ムンさんをはじめセウォル号沈没事故の遺族の中には、自分たちが韓国社会を変えられなかったために起きた事故だと自らを責める人も少なくない。

セウォル号の前には数多くの追悼リボンが…
セウォル号の前には数多くの追悼リボンが…

韓国では事故から10年の節目に、改めてこの事故を大きく取り上げているが、事故現場の映像や写真はほとんど使われていない。それだけこの事故が韓国国民に与えた衝撃は今も深く残っている。

遺族は10年たった今も明らかになっていない事故の真相解明を強く求めている。

(FNNソウル支局長 一之瀬 登)

一之瀬登
一之瀬登

FNNソウル支局長。韓国駐在3年目。「めざましテレビ」「とくダネ!」など情報番組を制作。その後、報道局で東京都庁、東京オリンピック・パラリンピック担当キャップ。2021年10月ソウル支局に赴任。辛いものは好きですが食べると「滝汗」です。