ウクライナ戦争に関するローマ教皇の発言に激震が走った。ロシアや中国などの国々が脅威と見なされる国際情勢の中、日本の国益をどう考えるべきか。「BSフジLIVEプライムニュース」では手嶋龍一氏と佐藤優氏を迎え議論した。

ローマ教皇「白旗」発言の真意とは

新美有加キャスター:
キリスト教のカトリック教会を率いるローマ教皇フランシスコが、スイスメディアのインタビューで「状況を見つめ、国民のことを考え、白旗を上げる勇気、交渉する勇気を持っている者が最も強い」と発言。ウクライナに交渉による停戦を求めた。

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外交ジャーナリスト・作家 手嶋龍一氏:
ウクライナのゼレンスキー大統領は、クリミア半島を含む全領土を奪還するまで戦い続けると言ってきた。教皇の発言は「停戦協議に応じよ。その場合には自分たちも力を貸す」とのメッセージ。

反町理キャスター:
占領された土地は諦めろと?

外交ジャーナリスト・作家 手嶋龍一氏:
交渉のテーブルを主戦場として決着をつけろと。ゼレンスキー政権にとって非常に厳しい現況で、タイミングを狙って慎重に剛速球を投げ込んできた。

作家・元外務省主任分析官 佐藤優氏:
教皇は教会の長であり、バチカン市国という国家の元首。あちこちの国と外交関係があり、全世界のカトリック教会で情報の収集・分析もしている。ウクライナでナショナリズムが強い西部のカトリック教徒にインパクトが大きい。教皇の「不可謬性」というキーワードがあり「宗教の教義と道徳に関する事柄について教皇が言ったことには過ちがない、正しい」として信者たちの行動を拘束するものだが、今回の発言は命の問題でもあり道徳に近い。ヨーロッパ人に影響すると思う。

反町理キャスター:
ウクライナに降伏しろと言っているように見える。

作家・元外務省主任分析官 佐藤優氏:
そうではない。白旗とは、戦闘する意思がないと示すこと。ウクライナの主張を否定するわけではない。もし停戦交渉を戦闘地域でやるなら、ロシアも白旗を掲げることになる。

外交ジャーナリスト・作家 手嶋龍一氏:
米バイデン大統領がカトリックであることを踏まえて球を投げている。米歴代大統領でカトリックはバイデン大統領とケネディ大統領のみだが、ケネディ時代に「二重忠誠」の問題が話し合われた。大統領はアメリカ合衆国にのみ忠誠を誓うはずだが、カトリック教徒だから広い意味で教皇にも誓うはずだという問題。当時議論は止まったが、教皇は再びそれを持ち出してきた。バイデン大統領からの反応はまだ出ていない。大統領選挙の時期であり政治的にも大きな問題で、軽率にリアクションできない。

新美有加キャスター:
一方、ウクライナとロシアの反応。ゼレンスキー大統領は「ウクライナの聖職者は祈り、対話、行動で私達を支えてくれている。これこそが人々とともにある教会。2500キロも離れたどこかで生きたいと願う人と滅ぼしたいと願う人を仲介するようなことではない」と反発。ロシアのペスコフ大統領報道官は「残念ながら、ローマ教皇の発言も、ロシア側の度重なる発言も完全に拒否されている」。

作家・元外務省主任分析官 佐藤優氏:
ゼレンスキー大統領は教皇への名指し・直接非難を避けた。ウクライナのカトリック教徒への影響を当然計算している。

反町理キャスター:
教皇が踏み込んだ発言をした以上、バチカンが何らか仲介の労をとる可能性も?

作家・元外務省主任分析官 佐藤優氏:
ここまで言う以上それは確実。バチカンだけでなく他の国々も含めて。そこで日本が出てくる可能性がある。

ウクライナ・ロシアをめぐる日本の外交は「貪欲で狡猾」

新美有加キャスター:
日本はウクライナと歩調を合わせる支援を行ってきた。人道・財政支援は約1兆円、NATOを通じた装備品の支援は約45億円。2024年2月の日・ウクライナ経済復興推進会議では7分野での158億円の経済復興支援を掲げた。

作家・元外務省主任分析官 佐藤優氏:
国家の3体系とされるのが「価値の体系」「力の体系」「利益の体系」。価値の体系には日米同盟があり、G7とともにロシアを厳しく非難している。だが力の体系では、例えば装備品の支援や経済復興支援は多いか少ないか。私はいつも日本の高速道路1km分の建設費である約50億円を分母において考える。するとそれぞれ900m程度、3km程度の換算になる。日本の国力と比べ非常に小さい感じがする。力の体系における支援は少ない。また日本はロシアからガスや石油、穀物を買っている。利益の体系では日本はしたたかにロシアとビジネスをしている。つまり3体系をそれぞれ別の変数と考え国益を極大化している。非常に貪欲で狡猾な外交だと思う。

外交ジャーナリスト・作家 手嶋龍一氏:
ロシアは、岸田総理の外交の中にモスクワに対するシグナルが含まれている可能性を見ているかも。それは関係改善であり、いざというときに教皇と並び日本も仲介するということ。

作家・元外務省主任分析官 佐藤優氏:
日本はG7の中でウクライナに殺傷能力のある装備品を送っていない唯一の国。これは仲介国となる条件でもある。

新美有加キャスター:
岸田総理は2023年9月に国連総会で行った演説で「各国の協力がかつてなく重要となっている今、イデオロギーや価値観で国際社会が分断されていては課題に対応できない。我々は人間の命・尊厳が最も重要であるとの原点に立ち返るべき」と述べた。

作家・元外務省主任分析官 佐藤優氏:
イデオロギー外交も価値観外交も否定している。民主主義という言葉も一度も出ない。たぶん二つの要因がある。一つは、価値観外交ではグローバルサウスを味方につけられないこと。もう一つは、トランプ氏が再度大統領になったら、という意識。

外交ジャーナリスト・作家 手嶋龍一氏:
演説直後の段階で佐藤さんと同じ指摘はなかった。鋭い外交官なら、岸田さんの外交路線が非常に特異で、ロシアや中国を含め日本が今後調停外交に乗り出す余地ありと読んだはず。

「完全アメリカ頼り」の時代が終わり、日本に求められる外交

新美有加キャスター:
2023年11月、日中首脳会談で岸田総理は「日中は隣国として共存・繁栄」、習近平国家主席は「戦略的互恵関係の位置づけを再確認」と発言。戦略的互恵関係という言葉について。

作家・元外務省主任分析官 佐藤優氏:
日中間で意見が違う部分はやり合う。ただ、それ以外の意見が一致する部分では共存共栄。ダブルスタンダードではなく、ダブルバインドで力の均衡を図っていくという発想。

反町理キャスター:
中国との関係を深めれば日米関係に影響するのでは。

外交ジャーナリスト・作家 手嶋龍一氏:
アメリカは最大の同盟国で、それはそれでいい。一方、中国との関係は厳しいがあらゆるルートを通じてチャネル構築をしておくべき。

反町理キャスター:
国益にかなうならば二枚舌の外交でもするべきだと。日本はできているのか。

作家・元外務省主任分析官 佐藤優氏:
できている局面もある。先ほどのロシアの話もそう。また軍事政権になったミャンマーとの外交関係を重視している。日本の影響力が強ければ、中国とミャンマーが連携して中国がインド洋に出ることを防げる。ミャンマー側から牽制しておけば、中国が東シナ海に向かうエネルギーも一定程度抑えられる。

反町理キャスター:
価値の体系ではなく利益の体系において、権威主義的な国とも仲良くしなくてはいけないと。

作家・元外務省主任分析官 佐藤優氏:
そう。岸田総理はNATOサミットで価値観での一致を訴え、ロシアを非難した。その後、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、カタールに行ったが、人権の話も民主主義の話もしなかった。

反町理キャスター:
褒められたものではないと思えてしまうが。

外交ジャーナリスト・作家 手嶋龍一氏:
利益の体系は大変重要だが、全体として信義や品格も重要。それらを総合力として一つにする優れたリーダーが出てこなければいけない。アメリカに完全に頼っている時代は終わった。

防衛装備移転ではアメリカの“ちゃぶ台返し”に備えた議論を

反町理キャスター:
アメリカの大統領選が迫っている。日本・イギリス・イタリアによる戦闘機の共同開発はバイデン大統領が了解して進んでいるなら、もしトランプ氏が大統領になれば開発計画が頓挫する可能性があるか。

作家・元外務省主任分析官 佐藤優氏:
この時点で明確なことを言える人は、嘘つきか、何も知らないか。

反町理キャスター:
現時点で3カ国が話してもしょうがないのか。この週末にも自公の間で防衛装備移転に関する合意があるとの話もあるが、トランプ氏当選の可能性や将来的なアメリカの判断まで含む計画なしに合意しても意味はない?

外交ジャーナリスト・作家 手嶋龍一氏:
その通り。そこで与党の一員としての公明党が重要。合意が曖昧なものとなっても、山口那津男代表がちゃんとした政治家なら、それが国益のためにプラスだと思っているはず。

反町理キャスター:
日本の防衛産業が一定の利益を得るとか、他国との同盟関係を強化する意味での国益ではなく、アメリカのちゃぶ台返しによる大損失のリスクをヘッジする議論に聞こえる。

作家・元外務省主任分析官 佐藤優氏:
しかし、そのリスクヘッジが究極的には国民の生命・財産を守ることに繋がる。アメリカとの間には十二分な信頼関係があるからフルスペックで装備品を全部出せる時代になると言う人もいるが、リスクヘッジが全然かかっていない。

外交ジャーナリスト・作家 手嶋龍一氏:
今度の自公の合意については、当事者が賢明ならば輸出という選択肢は排除しないが、今輸出を容認する形では明示しないようにするはず。そうすれば備えられる。
(「BSフジLIVEプライムニュース」3月12日放送)