雨宮・中曽氏でなく植田氏に
10年ぶりとなる日銀総裁の交代で、政府は、黒田氏の後任に元日銀審議委員で経済学者の植田和男氏を起用する方針を固め、日銀の異次元緩和路線は新たな局面を迎えることになった。
この記事の画像(6枚)次期総裁の有力候補として、名前があがっていたのが、黒田総裁を支えてきた現副総裁の雨宮正佳氏と前副総裁の中曽宏氏だ。
今月初め、政府が国会に人事案を示すタイミングが近づくなか、市場関係者の間では、誰が難局に挑むのか、見極めようとする空気が強まっていた。
波紋を呼んだとされるのが2日の中曽氏の発言だ。都内で開催されたシンポジウムで、APEC=アジア太平洋経済協力会議のビジネス諮問委員会(ABAC)で、金融問題を扱うタスクフォースの議長の職を担うことを明らかにしたうえで、脱炭素社会の実現に向けた取り組みの支援で日本が主導権を発揮していく好機だとして「有益な成果を上げられるよう最大限努力したい」とする考えを示したのだ。
その真意をめぐり、一部エコノミストの間では、「もし総裁になるとわかっていたら、ああした発言はしないのでは」とする観測が出ていた。中曽氏は候補から外れたのではとの憶測も生まれる一方で、6日には、「政府が雨宮氏に就任を打診した」との一部報道があった。
しかし、雨宮氏は、8日、記者団に対し「僕に打診という件については、政府や与党の首脳の方々が事実ではないとおっしゃっていたように伺っている。それに付け加えることはない」と話した。
「論理性・わかりやすさが大事」
岸田首相が新総裁として植田氏を起用する方針を与党幹部に伝えたことが明らかになったのは、10日夕刻だ。首相は、8日の衆院予算委員会で、「主要国中央銀行トップとの緊密な連携、内外の市場関係者に対する質の高い発信力と受信力が格段に重要になってきている」と述べていて、こうした能力の発揮を植田氏に見込んだことになる。
10日夜に取材に応じた植田氏は、日銀総裁に求められるものは、との問いかけに対して、「非常に難しい経済情勢なので、予断を持たずに、柔軟に、物価・景気の現状と見通しに応じた適切な政策運営をしていくことだ」との認識を示すとともに、「政策の判断を論理的に、判断の結果をわかりやすく説明することが大事だ」と語った。
黒田氏のもとで続けられてきた異次元緩和は、効果を生み出す一方で、さまざまな弊害をもたらすようになってきた。賃上げを伴いながら、物価が安定的・持続的に上昇していくという日銀の目指す経済の姿がいまだに実現できていないなか、円安が拍車をかけた物価高は、家計や企業の負担増につながっている。
長期金利を抑えるため、国債の大量買い入れを続けることで、日銀の国債保有割合は、発行残高の5割を超える事態になっていて、債券市場の機能が低下し、日銀が政府の借金を実質的に肩代わりする「財政ファイナンス」への懸念も強まっている。
「ゼロ金利」解除に反対票投じた植田氏
植田氏が、金融政策の運営にのぞむスタンスはどのようなものになるのだろうか。植田氏は、日本経済がバブル崩壊後デフレに陥って以降、1998年から7年間、日銀の審議委員を務めたが、2000年8月の金融政策決定会合では、「ゼロ金利政策」を解除して政策金利を引き上げる案に、反対票を投じた。議事録によると、「景気がボトムからある程度の幅のハードルを越えて上昇することが必要ではないか」との考えを示している。
このとき、ゼロ金利政策の解除は賛成多数で決まったが、その後、国内景気は悪化し、日銀は「決定が拙速だった」との批判を浴びた。
植田氏は、10日、「当面、現状は金融緩和を続ける必要がある」としたうえで、緩和を手じまう出口戦略について、「出口に行くとしたら色々難しい問題があるのは百も承知している」と述べている。
市場関係者からは、「政策の修正に向かう場合、慎重かつ緩やかに歩みを探るのでは」との声が聞かれる。
学者出身の総裁を行政・日銀出身の副総裁が支える
副総裁候補のひとりとなった前金融庁長官の氷見野良三氏は、銀行を対象にした国際的な金融規制をめぐる議論で手腕をふるった人物だ。もうひとりの副総裁候補、日銀理事の内田真一氏は、日銀で金融政策を企画・立案する企画局経験が長く、雨宮副総裁とともに、黒田総裁の異次元緩和路線に深くかかわってきた。
戦後初めてとなる学者出身の総裁を、世界の金融システムの安定と、日本の金融政策の立案を主導してきたふたりの副総裁が支えるという新たな体制で船出することになる「植田日銀」。10年に及ぶ異例の金融緩和にどう向き合うかという重責を担ってのかじ取りに、市場の視線が集まることになる。
(執筆:フジテレビ解説副委員長 智田裕一)