6月6日、私たちの暮らしや人生設計に大きな影響を与えるかもしれない重要な案が取りまとめられた。

岸田政権が掲げる新しい資本主義の実行計画の改定案だ。

このなかには、退職金をめぐるさまざまな制度を見直そうということが盛り込まれた。果たしてどう変わるのだろうか。

勤続20年を超えると課税が大幅軽減

見直しの対象になる一つが、「税金」のしくみだ。

退職金を一時金でもらった場合、税金は、「退職所得控除」という非課税になる額を差し引いたうえで、2で割った金額をもとに計算される。

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控除額を差し引いたり、半分に割ったりして、税金のもとになる金額を算出しているのは、退職金が老後の生活保障を目的とする性格を持っていることや、長年の給与の後払いとして支払われるものであることを踏まえたものだ。しかも、退職金の税金は、ほかの所得と合算されないよう分離して計算される。こうすることで、できるだけ税金の負担を少なくしている。

さらに、今のしくみでは、非課税となる控除額は、 勤続年数のうち20年までは1年ごとに40万円として計算され、20年を超えると1年ごとの控除額は70万円に増える。 

例えば、30年同じ会社で働き続けて、2000万円の退職一時金を受け取ると仮定した場合の計算はこうなる。

最初の20年分は40万円に20をかけて800万円、残りの10年分は1年あたり70万円で10をかけて700万円。つまり非課税となる控除額は、あわせて1500万円になる。

退職金の2000万円からこの控除額の1500万円を引いて2で割ると250万円。所得税はこの額に対して計算されるため、15万円ほどとなる。

一方、途中で転職した場合は、この計算が変わってくる。
同様に30年働いたものの、20年勤めた後に、別の会社に転職する。その場合、20年後からの控除額は70万円になるはずが、リセットされることで40万円となり、控除額の合計は1200万円となる。300万円の差が出る計算だ。

この2つのケースは、もらう退職金の額そのものが変わってくる可能性があるので、あくまで控除額を単純に比較した場合ではあるが、20年を超えて同じ会社に勤めると控除額自体は増えることになる。

このようなしくみは、終身雇用を前提に勤続年数が長いほど退職金の水準が高くなっていく実態にあわせたものだったが、一方で、働き手が自由に転職して企業を移動できる環境を妨げる一つの要因になっているのではとの声が上がっていた。

「退職所得課税の見直し」を明記

こうしたなか、岸田政権が取りまとめた新しい資本主義の実行計画の改定案では、成長分野の企業に人材が円滑に移動できるようにすることが大事だとして、退職所得課税の見直しを行うと明記したのだ。

ただ、税金のしくみを変更することになった場合、いまの制度を前提に退職金を考えている人にとっては、老後の生活設計などが大きく変わってしまうケースも想定される。

見直しに向けては、丁寧で慎重な議論が必要になる。 

税制を所管する鈴木財務大臣も、この日の閣議後の会見で「働き方により有利不利が生じない 公平な税制を構築する観点から引き続き丁寧に議論していきたい」と述べている。

「自己都合退職での減額」も見直しへ

改定案では、転職を促すさらなる一手も盛り込まれた。「自己都合退職で退職金が減額される」などの労働慣行も見直そうというものだ。

退職には、「自己都合退職」と「会社都合退職」の2つのパターンがある。

「自己都合退職」というのは、転職や結婚、病気などを理由に、自分の意志で退職を申し出る場合のことだ。

 一方、「会社都合退職」は、会社側の事情から退社する場合を指し、事業縮小や業績不振に伴うリストラなどがあてはまる。

退職金の平均相場のグラフをみてみると、いずれも、勤続年数が長いほど退職金の水準が高くなっていくカーブを描いているが、転職など「自己都合」の場合、勤続年数にかかわらず、その額は少なくなっていて、「自己都合退職」では退職金が減らされるケースが多いことを反映している。

実行計画の改定案では、自己都合の場合でも、退職金が減らないしくみをつくることが必要としたのだ。また、勤続年数・年齢が一定基準以下なら退職金を払わないといった一部企業の対応についても、見直しが求められるとした。

街の人はどう思っているのか聞いてみたところ、3回転職したという金融業界で働く30代男性は「転職して年収・給料が上がる方がメリットだ」としたうえで、退職金の税金のしくみは「いまの時代には合っていないと思うので、見直していく必要がある」と話した。

また、教育関連で勤務する新卒女性は「転職することが当たり前のようになっているので、退職金は、終身雇用を前提にぜす実力などで決めたほうがいい」 という意見だった。

一方、勤続24年という飲食業で働く50代男性は「退職が近い年齢だから、もらえるものが減るというのは困る」と話していた。

導入増える「退職金の前払い」制度

最近、導入する企業が増え、関心を集めているのが「退職金の前払い制度」だ。

従業員の在職時に退職金を給与などに上乗せして前払いするというもので、給与として支払われるため、退職一時金としてもらう場合の税制上のメリットは受けられなくなるが、転職して会社を変えキャリアを向上させる働き方にはマッチするのではとの声が上がっている。

「定年までひとつの企業で働く」というスタイルから働き方が多様化するなか、働き手が自分のスキルやライフプランにあった仕事を求めてキャリアアップしやすくするしくみをつくっていくためには、企業での制度設計の変革や働き手自身の意識改革も重要になってきそうだ。

(執筆:フジテレビ解説副委員長 智田裕一)

智田裕一
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金融、予算、税制…さまざまな経済事象や政策について、できるだけコンパクトに
わかりやすく伝えられればと思っています。
暮らしにかかわる「お金」の動きや制度について、FPの視点を生かした「読み解き」が
できればと考えています。
フジテレビ解説副委員長。1966年千葉県生まれ。東京大学文学部卒業。同大学新聞研究所教育部修了
フジテレビ入社後、アナウンス室、NY支局勤務、兜・日銀キャップ、財務省クラブ、財務金融キャップ、経済部長を経て、現職。
CFP(サーティファイド ファイナンシャル プランナー)1級ファイナンシャル・プランニング技能士
農水省政策評価第三者委員会委員

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「経済部」は、「日本や世界の経済」を、多角的にウォッチする部。「生活者の目線」を忘れずに、政府の経済政策や企業の活動、株価や為替の動きなどを継続的に定点観測し、時に深堀りすることで、日本社会の「今」を「経済の視点」から浮き彫りにしていく役割を担っている。
世界的な課題となっている温室効果ガス削減をはじめ、AIや自動運転などをめぐる最先端テクノロジーの取材も続け、技術革新のうねりをカバー。
生産・販売・消費の現場で、タイムリーな話題を掘り下げて取材し、映像化に知恵を絞り、わかりやすく伝えていくのが経済部の目標。

財務省や総務省、経産省などの省庁や日銀・東京証券取引所のほか、金融機関、自動車をはじめとした製造業、流通・情報通信・外食など幅広い経済分野を取材している。