岸田政権が掲げる「次元の異なる少子化対策」をめぐり、新たな税金のしくみが注目されている。子どもの数が多い世帯ほど、所得税の負担が軽減される「N分N乗」と呼ばれる方式だ。
家族の人数で決まる「N」大きいほど税は軽く
現在の税制では個人ごとに課税されるが、「N分N乗」は家族をひとつの単位にして税金をかけるやり方で、「家族除数」と呼ばれる、家族の人数に応じた数字「N」が大きな意味を持つ。
この記事の画像(8枚)世帯全体で課税される所得額をこのNで割ったあと、1人あたりの税額を決め、 再びNをかけ合わせるため、「N分N乗」と呼ばれ、このNが大きいほど有利になる。すでに導入されているのがフランスだ。
フランスでは、 家族構成に応じた数Nは、大人は1、子供は、第2子まで0.5、第3子以降は1として計算する。夫婦だけだとNは2だが、子供が2人いる4人家族だとNは3に、3人いる5人家族だとNは4になる。
このフランスでのしくみに日本の税率をあてはめて、夫婦と子ども2人の4人世帯のケースで、具体的にみていくことにする。
夫婦の一方だけが働くケースで、課税される所得が600万円(年収は1000万円程度)だと、現在の税制の場合、税金は約77万円になる。 また、共働きで夫の所得が400万円、妻が200万円だと、税金は夫が約37万円、妻が約10万円で、合計約47万円だ。
ここで、N分N乗方式を使うとすると、 N=夫婦2人分+子供0.5人分×2=3になるので、600万円の所得をN=3で分割した額200万円に対する税金は約10万円となり、 これにN=3をかけた世帯としての税金は約30万円と試算される。
N分N乗方式で計算すると、所得を分割したあとの金額が小さくなり、低い税率が適用されて、結果的に税額も少なくなる。
高所得者層に偏るメリット
「N分N乗」方式をめぐっては、自民党の茂木幹事長が前向きな姿勢を示しているほか、日本維新の会などの野党も導入を訴えていて、政府が進める少子化対策の論点のひとつに浮上しているが、大きな課題もある。
税金が軽くなるメリットが、たくさん稼いでいる高所得者や片働き世帯のほうが大きくなる点だ。
日本の所得税の税率は、課税される所得額に応じて、5%から45%まで7段階に分かれていて、納税者のうち6割は、最低税率の5%が適用され、10%までの人が8割を占める。
最低税率の6割の人にとっては、所得を割る数Nが大きくなっても、税率が5%より下がることはなく、税額は変わらない。
一方で、極端な例だが、課税される所得が4000万円で、子どもが7人いる家庭を例にとると、約1320万円だった税金が、N分N乗方式をとってN=8で試算すると、8で割った所得に対する税額は約57万円、8をかけると約456万円になり、900万円近くも税金が減ることになる。
また、所得額が同じでも、1人で稼いでいる片働きのほうが、共働きよりも高い税率になりやすく、Nで分割した後の所得にかかる税率が低くなる可能性が高まる。
岸田首相は4日、少子化対策としての「N分N乗方式」について、「共働き世帯に比べて、片働き世帯の方が有利になってしまうというケースがある」などと指摘し、「こうした点をどのように考えるか。留意すべき点はある」と述べた。
子育て事情が異なるフランス
「N分N乗方式」を採用してきたフランスは、先進国のなかでも出生率が高いとされる。2020年は、日本が1.33だったのに対し、フランスは1.82だが、家族手当の充実など、税制面以外での家族政策の下支えの効果が指摘されている。
フランスは、夫婦共有財産制をとっているほか、婚外子の割合も多く、子育て事情が日本と大きく異なる部分もある。パリの街で「N分N乗方式」について聞いてみると、子どもが1人いるという35歳の男性は「税金の優遇措置で子供を産むことを奨励するのは正しいと思う。それが国の未来だ」と話した。
子ども2人を持つ42歳の女性は「税額から子供の数を計算することはなく、出産の抑制にも促進にもならないのでは」としつつも、「出生率が低い場合は、税制上の優遇措置は必要かもしれない」と感想をもらしていた。
税体系の抜本的改革が必要に
政府が進める「少子化対策」では、児童手当の所得制限を撤廃する方向で議論されているが、N分N乗方式を俎上に上げる際には、給付面だけでなく税制面でも検討が行われることになる。
導入する場合は、課税単位を個人から世帯に変更するとともに扶養や控除のしくみそのものが見直されることになる。働き方や家族のあり方を踏まえた税体系の抜本的な改革が必要になるだろう。
(執筆:フジテレビ報道局・解説副委員長 智田裕一)