北朝鮮との境界の街で中朝の陸路貿易が再開

(中国と北朝鮮を結ぶ中朝友誼橋を渡る列車 1月16日午前7時40分過ぎ撮影)
(中国と北朝鮮を結ぶ中朝友誼橋を渡る列車 1月16日午前7時40分過ぎ撮影)
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北京から約2時間飛行機に乗り到着した遼寧省の丹東。北朝鮮と境界を接し、川を挟んで北朝鮮の街を目にすることができる。ここは中朝貿易における最大の物流拠点だ。その象徴となっているのが中国と北朝鮮を結ぶ「中朝友誼橋」と名付けられた大きな鉄橋だ。中朝貿易における7割以上の物資がこの橋を渡ると言われている。

しかし、新型コロナウイルスの感染拡大によって約2年間、この橋を貨物列車やトラックが通ることはなく陸路貿易はストップしていた。ある貿易関係者は私たちの取材に対して、「貿易が止まっていたこの2年間で多くの企業が解散し倒産した。再開の話が出ては消え、その度に何度もがっかりした。希望して、失望して、希望して、失望してとこういった事を繰り返してきた」と語った。

そのような中でFNN北京支局は、1月中旬頃に中国と北朝鮮の間で約2年ぶりとなる陸路貿易が再開されるという情報を入手し、現地で取材を始めた。当初は自由に取材できていたが、いよいよ中国から北朝鮮に向けて貨物列車が動きだす日が近づいて来ると私たちの周辺には多くの予期せぬことが起き始めた。

突然ホテルから強制退去の連絡

宿泊しているホテルから見える北朝鮮
宿泊しているホテルから見える北朝鮮

私たちが宿泊していたホテルは丹東で有名な観光ホテルで、ここは川側の部屋の窓からは中朝友誼橋を一望できる。私たちはここを拠点とし、陸路での貿易再開を確認するため、部屋から橋の撮影を行っていた。

しかし、事前に入手していた情報で一両日中には貨物列車が運転を再開するというタイミングで突然、ホテルから「宿泊している部屋のメンテナンスをするので、橋が見えない部屋に移動してもらいます」と連絡が入った。更に翌日になるとホテルから出て行くように言われ、橋が全く見えない別のホテルに移される事になった。なぜ移動しなければいけないのか確認すると「宿泊している外国人の安全のため」という理由だった。

指定されたホテルの前では数人の男たちが待っていた
指定されたホテルの前では数人の男たちが待っていた

「我々は監視している」というメッセージ 自称“旅行者”の正体は・・・

移動したホテルで待ち構えていたのは黒っぽい服装で髪は短く、全員似たような雰囲気の男たちだった。彼らは常に集団で動き、私たちが食事に行くと同じ店に入ってきて隣のテーブルに座る。またタクシーに乗って移動しようとする際には同じタクシーに相乗りさえもしてきた。私たちが「あなたは誰ですか?」と聞くと男は「旅行者です」と答えた。しかし、彼らに旅の目的やどこに向かうのかを聞いてもそれ以上は一切答えず、ただ私たちの後をつけてくる行為を繰り返すだけだった。

通常の「尾行」と言えば対象者に気付かれないように隠れながらやるイメージがあるが、彼らの尾行はその存在を私たちに常に見せつけるもので、「我々は監視している」という強いメッセージが全面に押し出されていた。

警察の制服を着ていないのであくまで推測になるが、この自称“旅行者”が「当局」の命令を受けた地元警察の私服警察官であることは間違いないだろう。それではなぜ彼らは「警察」と名乗らないのか。それは私たちが中国政府が発行した正規の外国人記者証を持ち、正常な取材活動をしているからだ。違法行為をしていない以上、警察は表向き外国人の取材活動を妨害することはできない。取材の妨害をしているのはあくまで名も無い“旅行者”であって、警察ではないという建前をとることが彼らにとって大事なルールなのだ。

常に付いてくる集団の男たち
常に付いてくる集団の男たち

約2年ぶりに動きだした貨物列車の撮影をすると・・・

ホテルを強制的に移動させられた私たちは、最後の手段として橋の近くの広場で貨物列車の動きを撮影しようと待機した。

中国側にある貨物列車の待機場では北朝鮮に送る生活物資が積み込まれ、ついに貨物列車は北朝鮮に向かって動きだした。しかし、撮影を試みた瞬間、一斉に男たちが私のカメラのレンズをつかみ、撮影を阻止してきた。これまで多少の妨害をしてきても最後の一線は越えてこなかった男たちだったが、この貨物列車だけは撮影されたくないのか、なりふり構わず私たちのカメラを抑え込み撮影を妨害した。

橋を通過する貨物列車の撮影を妨害する自称“旅行者”の男たち
橋を通過する貨物列車の撮影を妨害する自称“旅行者”の男たち
北朝鮮側から戻ってくる貨物列車 2022年1月16日午前10時過ぎ撮影
北朝鮮側から戻ってくる貨物列車 2022年1月16日午前10時過ぎ撮影

過去にも繰り返されてきた海外メディアの取材に対する妨害

海外メディアへの妨害行為は過去にも繰り返されてきた。

2021年7月、中国河南省で豪雨が発生し300人を超える死者が出た。現地では多くの海外メディアが取材活動にあたったが、いくつかの現場で取材中に当局から尋問を受けたり、撮影した写真や動画を消去させられる事があったという。

中国・河南省で発生した豪雨 2021年7月 中国SNSより
中国・河南省で発生した豪雨 2021年7月 中国SNSより
中国・河南省で発生した豪雨 2021年7月 中国SNSより
中国・河南省で発生した豪雨 2021年7月 中国SNSより

中国に派遣されている海外メディアの特派員らが組織する「中国外国人記者クラブ」は「非常に懸念している」との声明を発表し、中国政府に「報道を妨害しないよう」求めた。

また2021年3月に中国外国人記者クラブが公表した報告書には、「中国共産党が新型コロナウイルスの感染対策を理由にして、取材妨害、脅迫、記者証の有効期限の短縮といった手段で、外国人記者の取材活動を妨害し、報道の自由が急激に妨げられた」と記載されている。

注目される北京冬季五輪の取材は・・・

中国外務省の汪文斌報道官 2022年1月13日
中国外務省の汪文斌報道官 2022年1月13日

取材妨害に関するこうした一連の動きは習近平体制になってから強まっている。習近平指導部が今最も神経を尖らせているのが、オミクロン株感染拡大の中で2月4日に開幕する北京五輪の報道だ。現在、北京冬季オリンピックの取材には世界中から記者が集まっている。

中国外務省の汪文斌(おう・ぶんひん)報道官は1月13日の定例会見で、「中国は対外開放という基本国策を実行している。中国での取材環境は外国メディアに開かれており、冬季五輪および関連事項の報道は自由に行われる」とした上で、「報道の自由を名目に事実を歪曲し、中国と北京冬季五輪のイメージを毀損することには反対する」と海外メディアの報道に釘を刺した。

中国の国営メディアと違い海外メディアであれば、中国政府にとって都合の悪い取材内容や映像が報道される可能性も排除できない。中国当局はこの大会でも新型コロナウイルス対策を名目に各記者に対して取材や行動にも厳しい制限を設けている。私が丹東で実際に体験した取材時と同様、徹底的に管理するやり方だ。ただ、アスリートやメダリストの発言、特に生放送であれば制限をかけることはおよそ不可能である。

「スポーツを政治化すべきではない」という中国の主張は至極もっともだが、1月25日に北京市で行われた習近平国家主席とIOC(国際オリンピック委員会)のバッハ会長の会談は北京五輪がいかに素晴らしく準備されたかを称賛する場となった。

北京市で会合を行った習近平国家主席とIOCバッハ会長 2022年1月25日
北京市で会合を行った習近平国家主席とIOCバッハ会長 2022年1月25日

習近平指導部にとってオリンピックは純粋なスポーツの祭典ではなく、中国の偉大さを国内外に示す「国威発揚」の場であると言われている。徹底した管理に重点が置かれるのも、中国共産党の威信がかかっているためで、失敗は政治的にも許されない。

アメリカのいわゆる「外交的ボイコット」なども絡んでいるだけに、北京オリンピックは「スポーツと政治」にも注目が集まることになりそうだ。

【執筆:FNN北京支局 河村忠徳】

河村忠徳
河村忠徳

「現場に誠実に」「仕事は楽しく」が信条。
FNN北京支局特派員。これまでに警視庁や埼玉県警、宮内庁と主に社会部担当の記者を経験。
また報道番組や情報制作局でディレクター業務も担当し、日本全国だけでなくアジア地域でも取材を行う。