韓国のグループ「BTS(防弾少年団)」を生み出した大手芸能事務所HYBE(ハイブ)と、子会社ADOR(アドア)との間で起きたお家騒動が、所属アーティストも巻き込んだトラブルへと拡大している。

4月25日記者会見した「ADOR」のミン・ヒジン代表
4月25日記者会見した「ADOR」のミン・ヒジン代表
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経営権奪取を試みたなどとしてHYBEから刑事告発されたのは、ADOR代表のミン・ヒジン氏だ。韓国の5人組女性アイドルグループ「NewJeans(ニュージーンズ)」の総合プロデュサーであり、韓流アイドルのヒットメーカーとして高い実績を誇る。対立の渦中で記者会見したミン氏は、K-POPアイドル間の「パクリ」「CD大量購入」「奴隷契約」など、韓流の暗部を白日のもとにさらした。

2022年にデビューしたNewJeansはY2K(2000年代)ファッションなどのレトロブームと、イージーリスニングのような親しみやすいメロディーラインをコンセプトに世界的な人気を獲得。新人にも関わらず、短期間でK-POPガールズグループの中でも1、2を争う地位にまで上り詰めた。

競争の激しい韓国社会では誰もがチャンスを逃すまいと必死で、成功事例には模倣がつきものだ。K-POPもその例外ではない。似たようなグループが乱立した結果、画一化が進み、個性が感じられないとの批判を招いてきた。特に女性アイドルグループにはその傾向が強かった。ミン氏はまず、この画一化問題に一石を投じた。

子会社間のコピーで似たようなグループが乱立

HYBE傘下のレーベル「BELIFT LAB(ビリーフラボ)」が最近立ち上げたガールズグループ「アイリット(ILLIT)」。ミン氏は「アイリットはヘア、メイクアップ、衣装、振り付けなど芸能活動のすべての領域でNewJeansをコピーしている」「アイリットはミン・ヒジン風、NewJeansの亜流などと評価されている。亜流の登場でNewJeansのイメージが消耗され、これによる被害をそのままADORやNewJeansがこうむっている」と批判し、トラブルの本質が「子会社間のガールグループのコピー」にあると主張した。

確かに、アイリットのアルバムアートの構図・演出、長いストレートヘア、清純さを前面に押し出したコンセプトはNewJeansと重なるものがある。振り付け映像の印象も重なる。

「アイリットがNewJeansのパクリだと批判し、これを内部告発したところ、逆に監査対象にされた」というのがミン氏の言い分だが、HYBE側はこれを否定している。

2024ビルボード・ウィメン・イン・ミュージック・アワードに出席したNewJeans(AFP=時事)
2024ビルボード・ウィメン・イン・ミュージック・アワードに出席したNewJeans(AFP=時事)

もっとも、アイドルの個性を印象づけるためのコンセプトに、著作権の概念を適用することが果たして可能なのか。韓国著作権委員会の見解によると、アイデアやノウハウなどは、それ自体が著作物として認められない。また、ファッションやダンスが単純に似ているというだけでは著作権侵害を主張することは困難とされている。

そもそもNewJeansでさえ、かつて日本で人気を博した女性4人組グループ「SPEED(スピード)」のデビューシングル「Body & Soul」のミュージックビデオのコンセプト――フランス・ドイツ・トルコ合作のドラマ映画「裸足の季節」(2015年)の場面――をまねているのではないかという指摘も相次ぎ、「ミン氏もパクリ議論から自由ではない」との見方が持ち上がっている。

NewJeansのようにY2Kの感性とイージーリスニングをコンセプトにしたグループはアイリットだけではない。似たようなグループの乱立は「共倒れ」のリスクもはらむ。

「抱き合わせ販売」の弊害

加えて、ミン氏が言及したのは「抱き合わせ販売」だった。所属アイドルのCD販売数を引き上げるため、フォトカードやサイン会への応募券をCDに抱き合わせて販売する。これは多くのK-POPアイドルグループの所属事務所が取っている販売戦略だ。

ただ、カードや応募券はランダムに組み合わされるため、「推し」の商品を手に入れようとするファンは、大量にCDを購入することになる。その結果、不要になったCDが不法投棄されるなどして問題になってきた。

会見では涙を流しながらNewJeansとの“絆”について話す場面も
会見では涙を流しながらNewJeansとの“絆”について話す場面も

ミン氏は、こうした手法により市場が正常でなくなり、ファンへの負担が増大する。アーティスト、ファンの双方を疲弊させ、環境汚染を引き起こすため、「もうやめるべきだ」と訴えた。

その後、東京・渋谷の路上に人気ボーイズグループ「SEVENTEEN」のCDが大量に捨てられている写真がSNSに上げられ、ミン氏の発言に改めて注目が集まった。音源買い占め問題はBTSにも飛び火し、BTSのファンクラブ「ARMY(アーミー)」がHYBEに抗議する異例の事態ともなっている。

韓流全体のイメージダウン

HYBEとADORの対立が続く中、NewJeamsは新曲を発表した。ミン氏の会見が世論の支持を得たこともあって好調な滑り出しとなったが、グループの前途には不安がつきまとう。

ADOR株の80%はHYBEが所有しているため、NewJeansの“生みの親”であるミン氏の代表解任は避けられない見通しだ。NewJeansはADORの所属歌手だが、専属契約権はHYBEが所有している。契約期間は明らかにされていないが、通常は7年が目安とされる。このため、ミン氏が解任されても、NewJeansはHYBEの下で活動せざるを得ない。

ミン氏とNewJeansの去就は…
ミン氏とNewJeansの去就は…

ミン氏とHYBEの契約も問題となる。競合禁止条項によりミン氏は2026年11月までは競合他社に移籍したり、会社を立ち上げたりすることができないのだ。ミン氏は「奴隷契約」と批判しているが、当面は身動きできないのが実情だ。

もし、NewJeansがミン氏と歩調を合わせてHYBEを離れようとすれば、活動中断に追い込まれる恐れがある。

韓流トップ事務所として多くの人気グループを擁するHYBEとその子会社に生じた泥沼のお家騒動は、世界的な人気を誇るまでに成長したK-POPが抱える「アキレス腱」を浮き彫りにした。ミン氏とNewJeansの去就をめぐって確執が長引けば、事務所や所属アーティストだけでなく、韓流全体のイメージダウンにもつながりかねない。K-POPが持続可能な成長を続けるためには、この機会に構造的な弊害を洗い出すことが必要だろう。
(フジテレビ客員解説委員、甲南女子大学准教授 鴨下ひろみ)

鴨下ひろみ
鴨下ひろみ

「小さな声に耳を傾ける」 大きな声にかき消されがちな「小さな声」の中から、等身大の現実を少しでも伝えられたらと考えています。見方を変えたら世界も変わる、そのきっかけになれたら嬉しいです。
フジテレビ客員解説委員。甲南女子大学准教授。香港、ソウル、北京で長年にわたり取材。北朝鮮取材は10回超。顔は似ていても考え方は全く違う東アジアから、日本を見つめ直す日々です。大学では中国・朝鮮半島情勢やメディア事情などの講義に加え、「韓流」についても研究中です。