トランプ前米大統領が刑務所に収監される可能性がにわかに現実味を帯びてきた。

「ニューヨーク市の矯正局長官は、ライカーズ島に誰が来ても大丈夫なように準備を済ませている」

ニューヨーク市のエリック・アダムス市長は5月7日の記者会見で、トランプ前大統領が現在行われているいわゆる「口止め料」裁判で、刑務所に収監された場合の対応について記者団から聞かれてこう答えた。

かん口令違反で罰金…繰り返せば収監の可能性も

ライカーズ島というのはイースト川にある島で、島全体がニューヨーク市の主要刑務所のライカーズ刑務所になっており、未決勾留の被告や短期の禁固刑受刑者らが収容されている。

前日の6日、ニューヨーク州地裁のファン・マーシャン判事は公判の冒頭、トランプ前大統領にかん口令違反があったとして1000ドル(約15万円)の罰金を課すと共に、違反が続けば収監される可能性があると次のように警告した。

「あなたは前大統領であり次期大統領の可能性もあり、刑務所に入れたいとは思ってもいないが、裁判を前進させるためにはそれも考慮しなければならない」

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同判事はトランプ前大統領に対して証人や関係者、その家族について言及することを禁ずるかん口令(gag order)が命ぜられていたが、前大統領はこれまで9回にわたり違反したとして、合計9000ドル(約135万円)の罰金が命ぜられていた。

ちなみにニューヨーク州では、こうしたかん口令違反は法廷侮辱罪として罰金1000ドル、拘禁30日を命ずることができるとされている。それにもかかわらず、トランプ前大統領は4月22日のマスコミのインタビューで「判事は裁判を異常なほど急いでいる。こんな進め方は前代未聞だ。陪審員の選定はあっという間に行われ、95%が民主党員だ」などと不満を述べたことで再度違反と認定されたのだった。

罰金を科され「かん口令は完全に違憲だ」と不満をあらわにしたトランプ氏(4月30日)
罰金を科され「かん口令は完全に違憲だ」と不満をあらわにしたトランプ氏(4月30日)

そこで、前大統領がさらに違反を繰り返せばマーシャン判事が刑務所への収監を命ずることもあり得ると考えられ、その場合を想定した報道が目立ち始めた。

「トランプがかん口令違反で直面するのは狭い檻房、トイレとベンチだけ」
(USAトゥデー電子版9日)

「トランプは収監されるか?その場合はシークレット・サービス(の護衛官も)同行する」
(ニューヨーク・タイムズ紙電子版4月23日)

そうした中で、ニュースサイト「セマフォー」は7日、トランプ陣営は前大統領が収監されることを選挙戦に利用するかもしれないと報じた。

「トランプの側近の中には、前大統領が刑務所への収監であれ自宅軟禁であれさらなる規制を受けることは、この裁判が"選挙妨害”であるというトランプ側の核心的主張の証拠になるのは明らかだと考えている。トランプ自身が好んで牢屋に入りたいと考えているわけではないようだが、刑務所に収監されることは(南アフリカの元大統領)ネルソン・マンデラの投獄にも似た『偉大な名誉』と語ったこともある」

その意図はともあれ、トランプ前大統領が今後もこの裁判をめぐって沈黙を守るとは考えにくい。

「口止め料」裁判でポルノ女優が出廷

これとは別に、この裁判の本件の「口止め料」問題でも、トランプ前大統領と関係があったとするポルノ女優の生々しい証言が法廷を震撼させている。

9日の公判でも、ポルノ女優がさまざまな性的表現でトランプ氏との関係を証言するのに対してトランプ前大統領の弁護人が異議申し立てを行わないことに、マーシャン判事が疑問を呈したほどだった。

トランプ前大統領と関係があったとするポルノ女優のストーミー・ダニエルズさんが証言(5月9日の廷内スケッチ)
トランプ前大統領と関係があったとするポルノ女優のストーミー・ダニエルズさんが証言(5月9日の廷内スケッチ)

その結果、トランプ前大統領とポルノ女優の関係は事実で、それを隠すために当時の顧問弁護士が1万3000ドル(約2000万円)の口止め料を支払い、後日、前大統領が補填したという事実関係は概ね証明されたかに思える。

後は、それが2016年の大統領選挙を控えての情報秘匿だったかどうかという点で軽犯罪か重罪かを決するわけで、もし陪審員が重罪を判決すれば、一件最高4年、起訴された34件の犯罪で全て有罪になれば合計136年の服役刑が言い渡されることになる。

現実問題として、陪審員はそこまで厳しく前大統領を断罪することはないと考えられているが、短期間の服役か保護観察処分あるいは地域奉仕などが命ぜられることは十分あり得るとされている。
【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】

木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。