東京・新宿区のタワーマンションで25歳の女性が殺害された事件で、51歳の男が逮捕された。男は女性に対するストーカー行為で2年前に逮捕されていた。

2023年にも福岡市で女性が元交際相手に殺害されるストーカー事件が起きるなど、毎年のようにストーカーによる凶行が起きている。事件を防ぐ手立てはあるのだろうか。

繰り返されるストーカー殺人

5月8日未明、新宿区のタワーマンションに住む平沢俊乃さん(25)は、マンション1階のコンビニエンスストアから部屋に戻ろうとした際、和久井学容疑者(51)に声をかけられて逃げたが、数十メートルに渡って追いかけられて襲われ、首や背中、腹など数十カ所を刺され殺害された。凶器の果物ナイフ2本のうち1本は刃が折れていて、2本目でさらに刺したとみられる。傷は深く、強い殺意が伺われる。

和久井容疑者は平沢さんが東京・上野で経営していたガールズバーの客で4年前に知り合い、「経営を応援するため車やバイクを売って1000万円以上を渡した」「金を返してもらうため、車の中で待ち伏せしていた」と供述している。

和久井学容疑者と殺害された平沢俊乃さん
和久井学容疑者と殺害された平沢俊乃さん
この記事の画像(6枚)

平沢さんは3年前に和久井容疑者につきまとわれていると警視庁に相談し、口頭注意や書面警告を受けた後も和久井容疑者はつきまといを続けたため、2022年にストーカー規制法違反で逮捕された。

2023年1月、福岡市では元交際相手の男からストーカー行為を受けていた女性が、路上で男に刺されて殺害された。女性は警察に相談し、男には禁止命令も出されていた。

ストーカー規制法は1999年、埼玉・桶川市で女子大生が元交際相手に殺害された事件をきっかけに制定された。しかしその後も2012年には神奈川・逗子市で、2013年には東京・三鷹市で女性や女子高生が元交際相手に殺害され、2016年には東京・小金井市でアイドル活動をしていた女子大生がファンの男に切りつけられ重傷を負う事件も起きた。

「ストーカー被害者は情報が少ない。加害者への規制が必要」

警察庁で捜査1課や被害者対策などにあたってきた安田貴彦元警察大学校校長は、ストーカー事件では被害者が加害者に比べて情報が少なく、加害者への規制が必要だと話す。

「事件の加害者は禁止命令を受けても自由に行動でき、被害者の自宅や勤務先に行くこともできますが、被害者は加害者がどこにいるのか分かりません。加害者と被害者の相手に対する情報量に大きな差がある以上、被害者を守るためには加害者が接近していることが分かるGPSの装着や、強制的な治療命令が必要です」

2023年1年間の警察へのストーカーの被害相談は1万9800件を超え、つきまといや待ち伏せなどを禁じる禁止命令は1963件、ストーカー規制法違反の検挙件数は1081件といずれも過去最多となった。

警察庁は2024年3月から、禁止命令を受けたストーカー事件の加害者全員に警察が電話や訪問などで連絡を取って加害者の状況を把握し、被害者に対する感情などを確認するストーカー対策の強化に乗り出した。再発や報復の恐れがある場合は被害者に伝えることもある。また加害者に治療やカウンセリングを勧め、被害者には防犯指導などを行う。

警察庁で捜査1課や被害者対策などにあたってきた安田貴彦元警察大学校校長
警察庁で捜査1課や被害者対策などにあたってきた安田貴彦元警察大学校校長

安田氏はこうした取り組みは加害者への牽制になると評価するが、加害者の認知や行動を変容させ、ストーカーを抑止するためには強制力も必要だと話す。

「被害者が急に襲われたときに警報装置を手順通りに使うことは難しいと言わざるを得ません」
「そうなるとやはり加害者への働きかけが求められることになり、GPSの装着や強制的に治療を受けさせる仕組みの導入を検討する必要があります」

現状、加害者の治療は任意で治療費も自己負担となる。治療にあたっている病院でもカウンセリングの途中で来なくなる加害者もいるという。自分がストーカーだという認識をした上で治そうという意思が必要で、強制力を伴う措置は対策の一助になる。

「今回の事件の背景に恋愛感情以外に金銭の問題も絡んでいたならば、警察も被害者支援団体や弁護士会などの関係機関・団体とも連携して、ストーカー事案に至った背景事情にもう一歩踏み込んで、紛争解決のために積極的に動くことを考えてもよいのではないでしょうか」

「憎悪型ストーカー」怒りや恨みは5年続くことも

ストーカー被害者や加害者のカウンセリングを行っているNPO法人ヒューマニティーの小早川明子理事長の元には、今回の事件を受けて、被害者から問い合わせが相次いでいる。「禁止命令がでた後の相手の状況が分からないので不安」、「これから禁止命令がだされるが危害は加えられないか」といった相談で、事件のインパクトはとても大きいという。

「最初は恋愛感情から始まったのでしょうが、お金の貸し借りがあって、禁止命令や逮捕を受けて怒りや恨みに変わっていったのでしょう」

ストーカー被害者や加害者のカウンセリングを行うNPO法人ヒューマニティーの小早川明子理事長
ストーカー被害者や加害者のカウンセリングを行うNPO法人ヒューマニティーの小早川明子理事長

小早川氏は、逮捕された容疑者は憎悪型ストーカーだと指摘する。

「こうした憎悪型ストーカーの怒りや恨みは経験上、5年は続きます。1年くらい何もなくても油断すると危険です」

2022年にストーカー規制法違反で逮捕されていた和久井学容疑者
2022年にストーカー規制法違反で逮捕されていた和久井学容疑者

今回も逮捕後の2年の間ストーカー行為は確認されておらず、2023年には平沢さんに確認して警察の警戒も解除されていた。

「関心がなくなったわけではないので、被害者のSNSなどを見ている可能性もあります。自分の生活がうまくいってなくて、相手が幸せそうに見えたら怒りが湧いてきます。その落差を感じると、いつ発火してもおかしくありません」

これまで小早川氏が受けた被害者の相談の中には、ストーカー事件として立件された後、5年間何もなかったのに、気がついたら加害者が自分のマンションに住んでいたということもあったという。

また別の相談では、好意をもった女性に数百万円を渡し、お金がなくなると「金の切れ目が縁の切れ目」と言われて、その男は女性の関係者への傷害事件を起こすが、出所後も女性への怒りは変わっていなかったという。

「お金を取られるだけでなく、信じていたのに、好きだったのにという感情が入ると深い恨みに変わります。この時は加害男性のカウンセリングにあたりましたが、まずは私の事務所の近くに住んでもらって、何百回と話を聞き、精神科医ともつながりました。その後は地方に住んでもらい、生活保護の申請をして生活基盤ができました。そして長い付き合いを経て、ようやく人生の次のページをめくることができました」

「経営を応援するため車やバイクを売って1000万円以上を渡した」と供述している和久井容疑者
「経営を応援するため車やバイクを売って1000万円以上を渡した」と供述している和久井容疑者

今回の事件を防ぐことはできなかったのだろうか。

「この事件では、お金の問題があるならば、治療以前の問題として早い段階でどちらかが金銭問題の解決のために法に訴えるべきでした。裁判で自分の言い分を述べるような場があれば、それが怒りの感情のガス抜きになった可能性はあります。そういう意味で弁護士の役割は大きいのです。
この容疑者の場合、逮捕や禁止命令は半分歯止めにはなったが、半分は憎しみに変わったのでしょう。その時にカウンセラーなどのフォローも必要でした」

逃げられなければ、話を聴いて時間を稼ぐ

では実際にストーカーが突然、現れたらどうすればいいのか。

「もちろん逃げられるなら人混みやコンビニなどに駆け込むことです。でもまわりに誰もいなくて逃げられそうになければ、『話を聴くから』と言ってみます。加害者は最終決断をしていても、自分の思いを理解してもらえるのではという一縷の望みを持っていることがあるからです。相手の怒りをいったん静めて、警察官や人が来るまでの時間を稼いで身を守るのです」

全国の保護観察所も検挙者に限らず、ストーカーの加害者ら犯罪につながる可能性のある人たちを医療や福祉、就労支援につなぐ「地域での支援」に乗り出している。民間の団体や医療機関、自治体なども一体となったストーカー対策が求められている。
(フジテレビ解説委員室 特別解説委員 青木良樹)

青木良樹
青木良樹

フジテレビ報道局特別解説委員 1988年フジテレビ入社  
オウム真理教による松本サリン事件や地下鉄サリン事件、和歌山毒物カレー事件、ミャンマー日本人ジャーナリスト射殺事件をはじめ、阪神・淡路大震災やパキスタン大地震、東日本大震災など国内外の災害取材にあたってきた。