イスラム組織ハマスによるイスラエルへの無差別攻撃から1週間あまり。
イスラエル政府は、ハマスの壊滅を目標にガザ地区への大規模な地上侵攻を準備するが、対象地域にいる100万人以上の市民の退避は困難を極めている。
イスラエル全面支持を掲げるアメリカ政府の中からも、地上侵攻が実際に起これば「想像もできない被害」が生じるとの懸念の声も聞こえてくる。地上侵攻が引き金となり、中東全域に紛争が拡大するリスクもあり、バイデン政権内でも緊張が高まっている。

米政府関係者「想像もできない被害になる」

アメリカ政府は、今回のハマスによる無差別攻撃を「イスラム国より残虐」「テロ行為」と強く非難し、イスラエルを全面的に支持してきた。そして、イスラエルによる地上侵攻を容認する声も強まっている。
アメリカ政府にとって、喫緊の課題はガザからの自国民退避だ。ガザには今も500人以上のアメリカ国籍保有者がいる。地上軍侵攻の前にガザから脱出させられるか、関係各国との調整が続いている。

バイデン政権はイスラエルの「自衛」の攻撃を支持している
バイデン政権はイスラエルの「自衛」の攻撃を支持している
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イスラエル支持を全面に出す一方で、政権内部からは民間人の被害拡大への懸念の声も聞こえてくる。ガザは鹿児島県の種子島ほどの広さの土地に200万人以上が暮らし、世界でも人口密度が高い地域とされている。アメリカ政府関係者は取材に対し、イスラエル軍が地上侵攻を行えば「想像もできない死傷者が出る」と悲観的な見通しを示している

人道的な危機も懸念される中で、ガザで市街戦になれば甚大な犠牲者を生む可能性も
人道的な危機も懸念される中で、ガザで市街戦になれば甚大な犠牲者を生む可能性も

また別の関係者は、太平洋戦争で最大規模の市街戦となったマニラの戦い(民間人の死者が約10万人)を引き合いに出し、「これよりも、もっと酷い結末になるのは目に見えている」と述べた。また、国務省の関係者からも「正直な話、ガザからの退避は上手くいっていない」との声も漏れてくる。
大きな混乱につながれば、バイデン政権にもダメージは避けられないとの見方も出ている

危機の拡大を避けたいバイデン政権

バイデン政権からも、徐々に公の場で懸念を示す声が出始めている。
バイデン大統領は15日に放送されたCBSテレビのインタビューで、「ハマスの完全な排除が必要」と述べた上で、イスラエルへの全面的な支持と、必要な軍事物資の支援を惜しみなく提供する考えを改めて示した。
一方で、「イスラエルが戦争のルールに則って行動することを確信している」と指摘して、人道回廊の設置など市民に被害が及ばないようイスラエル側に釘を刺した。

バイデン大統領は「人道回廊」の設置などに奔走する
バイデン大統領は「人道回廊」の設置などに奔走する

先週から2度にわたるブリンケン国務長官のイスラエル訪問、そしてバイデン大統領がイスラエルに向かう中で、パレスチナで悲惨な市民の犠牲が増大すれば、中東諸国で反発が噴出することは明白だ。イスラエルには配慮しつつも、情勢がこれ以上悪化することを避けたいとの思いがにじむ。
ただ、すでにイスラエル訪問後に予定されていたヨルダンへの訪問と、エジプトのシシ大統領やパレスチナ自治政府のアッバス議長らとの会談が、ガザ地区の病院への攻撃で多数の犠牲者が出たことで延期されるなど暗雲も漂い始めている。

世論調査で7割が軍事行動を支持

では、アメリカ国内のイスラエルに対する世論はどうなっているのだろうか。
調査結果からは、アメリカ国民がイスラエルを強く支持する姿が浮かんでくる。

CNNが15日に発表した世論調査では、ハマスの攻撃に対するイスラエル政府の軍事行動について、「完全に正当化される」が50%、「部分的に正当化される」が20%と、「まったく正当化されない」の8%を圧倒した。
また年齢別に見ると、「完全に正当化される」と65歳以上の81%が答えたのに対して、18歳から34歳では27%と差がある一方で、「部分的に正当化される」と合わせれば、どの世代でも過半数を超える国民がイスラエルの攻撃を支持する結果となった。

ホワイトハウス前ではユダヤ系、イスラム系の双方の若者が停戦を訴えた(10月16日)

来年に大統領選挙を控える中で、この声はバイデン大統領も気にせざるを得ない数字だ。
一方で、この傾向は地上侵攻による民間人犠牲者の拡大で変化する可能性もある。16日にはホワイトハウス前で、ユダヤ系とイスラム系の若者が合同で、イスラエルとパレスチナの停戦を求めるデモ活動も行われた。

「パレスチナ人の命は軽い」…攻撃の先にある未来は?

イスラエルの地上侵攻により、ガザでは何が起きるのか。

アメリカのシンクタンクCSIS(戦略国際問題研究所)のダニエル・バイマン氏は寄稿文で、地上侵攻に伴う市街戦は市民に大きな被害をもたらし、ハマスは人質や市民を「人間の盾」にも利用すると指摘している。民間人被害が拡大するとされる所以だ。

ハマスが人質や市民を「人間の盾」に利用しているとの批判の声も
ハマスが人質や市民を「人間の盾」に利用しているとの批判の声も

また地上侵攻後の展望について、イスラエルが仮にガザを占領することになれば、「イスラエルにとって大きな犠牲を伴う」「イスラエルがガザを再占領しても、戦いは終わらない」とも分析している。また、仮にハマスを排除したとしても、イスラエルに反発する市民による攻撃が続く可能性があるとも指摘していて、ガザ統治の難しさにも言及している

また専門家の中からは、パレスチナ人側の被害に対する米欧諸国の対応を非難する声も上がる。中東研究所のシニアフェローであるエルギンディ氏は、15日に発表した論評で、「欧米諸国からパレスチナ人に対する同情の声は全くない」と不満を示した。
その上で、「欧米諸国は、正式な停戦の要請や、パレスチナ市民への配慮の表明にさえ抵抗し、イスラエルに好き勝手に軍事作戦を遂行する許可を与えている」として強く非難。さらに、イスラエルがガザへの水、食料、医療物資などの供給を停止したことを、「重大な戦争犯罪」とも批判している。また、「パレスチナ人の命、苦しみは、イスラエル人の命、苦しみよりも価値がない」として、現在の危険性を訴えた。

イスラエルの大規模な地上侵攻が仮に長期化しガザの再占領にまで至れば、出口戦略は難しくなり、さらなる憎しみの連鎖を生み出すことにも繋がり兼ねない。すでに人道的な危機や多くの民間人の犠牲も生まれている。
バイデン政権を含めた世界の各国が、どのような未来をこの地域に描き、行動していくかも問われている。
(FNNワシントン支局 中西孝介)

中西孝介
中西孝介

FNNワシントン特派員
1984年静岡県生まれ。2010年から政治部で首相官邸、自民党、公明党などを担当。
清和政策研究会(安倍派)の担当を長く務め、FNN選挙本部事務局も担当。2016年~19年に与党担当キャップ。
政治取材は10年以上。東日本大震災の現地取材も行う。
2019年から「Live News days」「イット!」プログラムディレクター。「Live選挙サンデー2022」のプログラムディレクター。
2021年から現職。2024年米国大統領選挙、日米外交、米中対立、移民・治安問題を取材。安全保障問題として未確認飛行物体(UFO)に関連した取材も行っている。