1964年の聖火リレーの靴・福岡県のメーカーに“里帰り” 山形県米沢市の男性が寄贈

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前回の東京オリンピックで聖火ランナーを務めた山形県米沢市の男性が、その時に履いた靴を55年ぶりにメーカーに里帰りさせた。そこには、時を越えて繋がった不思議な縁があった。

その靴には、55年前の思い出がシミとして残っていた。

(田口重之さん)

「当時の天気は小雨だったですね。(山形市民、県民が)沿道に全員いるような感じ」

1964年に県内でも行われた東京オリンピックの「聖火リレー」。当時、山形東高校の3年生だった田口重之さんはランナーとして県庁からの約1キロを駆け抜けた。その記念の靴は当時、提供されたユニフォームなどと一緒に大切に保管されていた。

(田口重之さん)

「走ってて非常に走りやすかったんで何もストレスを感じないで走りましたね。だからいいシューズだったと記憶しています」

靴は、福岡県久留米市にある「アサヒシューズ」が約5000人のランナー全てに提供したもの。しかし当時を知る人は社内にほとんどいなくなった上、現物も残っておらず、探している最中だった。

(アサヒシューズ・古賀稔健さん)

「その時の私たちの技術の粋を集めて作って、国内で認めて頂いた一つの証拠。アサヒ社員のプライドのこもった靴」

その話は人づてに米沢市に住む田口さんの元に入った。そこで田口さんは大切に保管していた思い出の靴を会社に寄贈し「里帰り」させることにした。

(田口重之さん)

「かっこいい言い方をすれば、靴の幸せを考えればそれが一番靴にとってこれからの生き方があるんじゃないかと。私が提供した当時の靴を展示してもらうのは私にとってもアサヒシューズにとっても靴にとっても一番良い選択肢」

靴の提供を受けたアサヒシューズでは当時の手書きの設計図も見つけ出し、来年のオリンピックに向けて「復刻版」の製造に乗り出している。靴底は当時では珍しい二重構造で、舗装されていない道や悪天候なども考え滑りにくく丈夫な設計になっていたと言う。

(アサヒシューズ・古賀稔健さん)

「大切なものを預かったという身の引き締まる思い。前のオリンピックではこんなのを作ったということに思いを馳せて頂ければ」

(田口重之さん)

「できたら一足ほしいですね。(復刻版を履いてもう一度)走ってみたい」

55年の時を経て、オリンピックがつなげた不思議な「縁」はその思いと共に後世に受け継がれようとしている。