雲仙・普賢岳 大火砕流惨事から27年

テレビ長崎 地域

43人の犠牲者を出した雲仙・普賢岳の大火砕流惨事から3日で27年。火砕流が発生した午後4時8分には、遺族などが黙とうを捧げました。

祈りの日の3日、雲仙・普賢岳は穏やかな表情を見せていました。1991年6月3日に発生した大火砕流は、地元の消防団員や、マスコミ関係者など43人の命を奪いました。島原市の仁田団地の追悼碑の前には朝から献花台が設けられ、島原市の古川市長や犠牲者の関係者などが訪れて、静かに手を合わせていました。そして、火砕流が発生した午後4時8分。

当時、消防団の詰め所だった北上木場の農業研修所跡では鎮魂の鐘が響きました。

遺族は「普段の生活では気にしないがこういう日は考えてしまう」

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夜には、キャンドルを灯して犠牲者を追悼するイベントも行われ、島原は一日、深い祈りに包まれます。