駿府城跡に“秀吉の城”金箔の瓦を大量に発掘・・・静岡市長「登呂遺跡発見と同じ世紀の発見だ」

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家康が築いた駿府城の城跡で進められる発掘調査で大発見です。

家康と秀吉が天下を争っていた時代に、秀吉が築いたものと見られるお堀や瓦が見つかりました。

記者リポート

「こちらは駿府城本丸の発掘現場となりますが、無造作に積まれた石垣が豊臣時代のものと分かりました。また、その堀からは大量の瓦が発見されたということです」

静岡市は2016年から駿府城の城内で、天守台や石垣の発掘調査を進めています。

静岡市の職員

「これが軒先の丸い瓦ですね。ほぼ全面に金箔がついており、これが土の中から出てきたと」

今回見つかったのは、豊臣秀吉が好んだ金箔のついた大量の瓦です。

静岡市 田辺市長

「弥生時代の遺構である登呂遺跡が見つかったと同じスケールの世紀の大発見だと」

静岡市が16日に明らかにした発見。

2018年6月 駿府城の天守台を調査する中で、家康が築いたものとは別の石垣が見つかりました。

詳しく調べた結果、家康が築いた天守台跡のエリアと重なる位置に、それよりもやや小さい別の天守台の跡が存在していることが明らかに。

そして堀からは金箔のついた瓦およそ330点が見つかりました。

専門家によりますと、家康が秀吉の命により駿府から江戸に移ったのが1590年。

その後に駿府城に入った秀吉の家臣・中村一氏が秀吉の指示で築いたとみられています。

なぜ、秀吉が駿府に城を作ったのか?

江戸にいる家康ににらみを利かせるため、豊臣の威光を示すため秀吉好みの城を築かせたと考えられるということです。

静岡市 田辺市長

「今川義元公が住んでいたという今川の館は出てくるんじゃないかという予想はしてたんですね。しかし掘り進めてみると、秀吉公も戦略的拠点としてこの駿府城にコミットメントしてたという証拠が出てきたと」

静岡市は2020年まで調査を続ける予定で「地域活性化にはずみになる」と期待を寄せています。