平成 愛媛の記憶 えひめ丸事故…遺族の思い(後編)

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船内に残された遺品とともに1人、

そしてまた1人、行方不明者が遺体で発見されます。

そして淳さんも…

祈り続けた息子との再会でした。

【ハワイでの葬儀】

中田和男さんと幹枝さん

「その一晩ずっと起きて線香焚いて」

「絶やさんかったですね、線香」

「焼いた後やけど、親の気持ちで、線香たけって」

捜索では9人の行方不明者のうち

8人が遺体で発見されましたが、

結局、生徒1人だけが見つかりませんでした。

えひめ丸はその後、ハワイ沖40キロに再び曳航され、

1800メートルの深海で深い眠りにつきました。

山口県で暮らす中田さん。

家の仏壇には、今もあの「ミサンガ」が供えられています。

船内から見つかったスーツも掛けられ、

18年前と変わらないままです。

船内から見つかった遺品の中には

淳さんが担当していた生徒の部屋の鍵も。

中田和男さん

「食堂で横たわっとって、この鍵だけは持っとったんやろうね。

生徒の部屋の鍵やから。(事故当時は)船酔いするから、

体調が悪いからって、食堂におったらしい」

9人の犠牲者を出した悲惨な事故。

この事故を教訓に、えひめ丸船の設計も見直されました。

それまでのえひめ丸は

大きな魚槽を備えていたため、

居住スペースへの配慮が後回しとなり、

生徒たちの部屋は海面より下にあったのです。

新しいえひめ丸は、より安全な設計を目指して

魚槽は大幅に縮小され、生徒の居住スペースは

海面より上に設けられました。

宇和島水産高校で、今も続くえひめ丸での航海実習。

中田さんは航海の無事を

いつも祈っていると話します。

中田和男さん

Q.どういう風な実習であってもらいたいと思いますか

「親の見送りを受けて出港して、笑顔で親の元に帰ってきてほしい、それだけですね」

幹枝さん

「死ぬ時は順番じゃないとね」

和男さん

「外国で起きた外国の軍隊が起こした事故だったけど、遺体を返してくれたことだけは、みなさんに本当に感謝しています」

今月9日、今年も宇和島水産高校に

73人の生徒が入学しました。

武智誠治校長

「本校で学ぶ皆さんには、(略)事故のことを後世に伝えるだけでなく、

命の大切さをしっかり感じて欲しいと思います」

新入生・冨永悠月さん

「宇和島水産高校の生徒として望ましい人間となるよう努力致します」

事故を忘れず、安全を願いながら

これからも生徒たちは海で学んでいきます。