丸森名物「いのしし丼」復活 「もう一度 光をともしたい」〈宮城〉

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名物いのしし丼が復活です。このいのしし丼を提供する宮城県丸森町の「金八寿司」は、去年の台風19号で浸水し、営業できなくなっていましたが、先週、営業を再開。店のご主人は「丸森に再び光を灯したい」と話します。

「営業中」の幟が立ったのは、丸森町にある飲食店「金八寿司」です。

49年、店を営んできた砂澤守さん(76)です。

いのしし料理 金八寿司 砂澤守さん(76)

Q.気持ちはどう?

「さあ、やるぞ!…こんな感じですね」

店の自慢はイノシシ料理です。

砂澤さんが、この調理場で再び包丁を握るまで、およそ3ヵ月かかりました。

金八寿司がある丸森町の中心部は、去年10月、台風19号の豪雨で、一帯が水に浸かりました。

金八寿司も自宅を兼ねた店舗の1階が浸水しました。

寺田アナウンサー

「もうめちゃくちゃの状態です。棚から床から、泥をかぶっています」

名物のいのしし丼のポスターにも泥が…。

この時、砂澤さんは2階で生活しながら、片付けに追われていました。

砂澤守さん (去年10月15日取材)

「片付けが終わっても、電気が来ない、水道が使えない。店の再開はちょっとかかりますよね」

1メートル以上、浸水した店内。

離れて暮らす子供たちやボランティアの力を借りながら、営業再開を目指して片付けてきました。

しかし、店の裏にある自宅は…。

寺田アナウンサー

「床が…」

砂澤守さん(76)

「これもう全部…こんな状態」

自宅の修繕が完了する見通しは立っていません。

砂澤守さん(76)

「ただ、お店だけは早めに再開したいと復帰したが、自宅はそのまま。災害そのまま。だけど、もっとひどいところがあるから、自分のところだけじゃないから、頑張るしかない」

丸森町出身の砂澤さんは東京で修業を積み、1971年に、金八寿司を開店。

丸森は古くから「イノシシの北限の地」とされていることを活かし、名物にしようと、『いのしし丼』を考案。

震災後は、山形県産などのイノシシ肉を使い、季節の野菜と醤油だれで煮た自慢の一品です。

寺田アナウンサー

「いのしし丼…重い!ボリュームたっぷり!臭みがない。脂っぽさがない、さっぱりしている。野菜と一緒で甘みがひきたっている」

砂澤守さん(76)

「ここに生を受けて飲食店をやっている以上、丸森のまちおこしに寄与したいという気持ちは前からありましたよね」

店の再開が、再び、丸森に人が集まるきっかけになればと願っています。

砂澤守さん(76)

「少しでも丸森町に光を…ということで『もう一度頑張って、光をともそう』という気になったのは正直なところ」

再開へ、砂澤さんの背中を押したのは、50年以上使う大事な道具、卵焼きの仕上げに使う「焼き印」が無傷で見つかったことでした。

棚の上の引き出しにしまっていて、浸水をまぬかれたのです。

いのしし料理 金八寿司 砂澤守さん(76)

「引き出しを開けてみたら生き残っていたので、あ~、『これはまた店をやれ』という印かなと自分勝手に思っていました」

早速、駆けつけた仙台市内からの常連客。

注文した寿司ランチには、『金八(きんぱち)』の焼印が押された卵焼きがありました。

常連客

「うまい!」

丸森に再び、光を…。その思いで、きょうものれんをあげます。