思いは感動と共にレガシーに 釜石・ラグビーW杯 感謝の気持ちを伝えたい【岩手・釜石市】

11月2日に閉幕したラグビーワールドカップ日本大会。

岩手・釜石市は、被災地から感謝の気持ちを伝えたいと大会の成功に向けて取り組んできた。興奮と感動に包まれた釜石のワールドカップを振り返る。

11月2日、釜石市民ホールに設けられたファンゾーンは、ラグビーワールドカップの決勝戦を応援する大勢の人の熱気に包まれていた。

野田武則釜石市長「なんとかしてW杯をやりたい。その多くの方々の思いがこうした形で実現できた。これは奇跡といっても過言ではない」と話した。

東日本大震災により、がれきの山と化した釜石。

あれから8年半、生まれ変わった街に世界中から大勢の人が訪れた。

出迎えたのは港町のシンボル・大漁旗。

フライキプロジェクト・園部浩誉代表理事は「震災から8年が経ち、やっとW杯にこぎつけた。世界から集まるお客さんを出迎えて、楽しんでもらおうというホスト精神」と話した。

世界中が注目するラグビーワールドカップで、災害と復興、そして感謝の思いを伝えるため、市民は一丸となって取り組んできた。

いのちをつなぐ未来館・蟹江美幸さん「鵜住居小学校の児童が、避難場所や避難の三原則を書いたサンキューカードを作ったので配っている」

釜石高校2年・中村希海さん 「津波の伝承うちわを配り、釜石が受けた被害を知ってもらい防災意識を高めるきっかけにしてほしい」

1万4千人の観客で沸いた釜石鵜住居復興スタジアム。

世界屈指の力と技、そして魂のぶつかりあいに、試合が終わっても観客の興奮は冷めぬままだ。

香川県から来た観客は「釜石の方が、がんばったのがこのいい試合を作り上げた。その雰囲気が全部に出て、本当に感動した」と話した。

待望のワールドカップ開催。

しかし釜石のまちは再び災害に襲われた。

台風19号。

釜石で予定していた2試合のうち1試合が中止となった。

震災後、防災の大切さを訴えてきた釜石市。

選手そして観客の安全を考えた苦渋の決断だった。

福岡県から来た観客は「残念だがしかたない。安全第一ということだと思います。」と話した。

台風により思わぬ形で釜石の名前が世界中に知られる出来事もあった。

釜石での試合が中止となったカナダ代表の選手たちは、床上浸水などの被害が出た釜石市内の住宅地で家具の運び出しや泥の撤去作業を行った。

この様子が報じられると、世界中から称賛の声が送られた。

実はこの前日、震災犠牲者の追悼施設で祈りをささげていたカナダ代表チーム。

災害と復興に対する思いを強めていたのかもしれない。

台風の影響はあったものの、釜石のラグビー熱が冷めることはなかった。

釜石市民ホール「テット」に設けられたファンゾーンには、期間中の来場者数が釜石市の人口を上回るのべ3万9千人もの人が訪れた。

釜石市出身の男性「もちろん日本全国で盛り上がったと思うが、釜石が一番盛り上がっていたと思うのでうれしい」

花巻市から来た男性「釜石の人たちの温かさと、東北の人たちの温かさを存分に楽しんでもらえた大会だった」

大会アンバサダー・桜庭吉彦GM(釜石SW)「ファンゾーンや会場に来た人の笑顔が嬉しかった。それが一つの楽しみであり、大会を釜石でやってよかったと思う」

スタジアムのキックオフ宣言をした高校生洞口留伊さん「釜石はW杯の成功という目標に向かって市民が団結していると思うので、この団結を次につなげればいい街になると思う」

災害に負けず何度でも立ち上がり、スクラムを組んで前に進んできたラグビーのまち釜石。

その思いはたくさんの感動と共に、人々の心と復興を象徴するスタジアムに、レガシーとして刻まれている。