95歳男性から70年前の「魚河岸シャツ」を託され・・・ 復刻版が完成 静岡・焼津市

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福島流星記者 「さっそく飾ってあります焼津名物・魚河岸シャツです」

港町・焼津を象徴する「魚河岸シャツ」。手拭いの生地が生み出す、通気性の高さと着心地の良さで、長年市民に愛されてきました。しかし…

魚河岸シャツ店 「ブームはもう去った」

洋品店「以前はシャツを着た子供もすごくよく見かけた。ここ3~4年くらい前からはうんと減りましたね」

10年ほど前にやってきたブームは終わり、今では着ている人の姿をあまり見かけなくなっていました。さらに焼津市は人口の流出が進み街の活気が失われつつあります。

魚河岸シャツでもう一度、焼津を盛り上げたい。その思いを胸に立ちあがったのが、魚河岸シャツ組合青年部・川合優基(まさき)さんと、藁科充(あつし)さん。

  

新たな魚河岸シャツ「魚河岸シャツ・ヴィンテージ」を作りました。「魚がし」の文字が大胆に入っています。そのきっかけは、ある男性との出会いでした。

長谷川寅吉さん95歳。

藁科さん 「私たちがすごく知りたかったのは、魚河岸シャツがどんな感じで生まれたか。焼津の古い話を知ってるといったら長谷川寅吉さん」 

50年以上水産加工会社を経営してきた長谷川さん。

魚河岸シャツのルーツを探すため、昭和20年から40年代の焼津港や商店街など、長谷川さんが撮った写真を見ながら、焼津の歴史をさかのぼっていたある日…

長谷川さんが部屋の奥のタンスから1本の手ぬぐいと、1枚のシャツを持ってきました。

長谷川さん「(東京)築地のお祭りができてお宮さんができて、おみこしを出すから、浴衣を作って担ぎに来てくれって」

それは東京、東市(といち)と書かれた手ぬぐい。東京魚市場、現在の築地市場から昭和20年代の後半、長谷川さんに贈られたものでした。

シャツはその手拭いを使って、長谷川さんの母親が仕立てました。 

長谷川さん「手ぬぐいじゅばん」 

藁科さん「それまで名前しか聞いたことがなかった。現物見れると思わなかったので感動しました」 

約70年前の「手ぬぐいじゅばん」。今では現物がほとんど残っていない、魚河岸シャツのルーツです。焼津港との取引が盛んだった、築地市場の贈答用の手ぬぐいで作られるのが一般的だったため「築地」を意味する「魚河岸」の文字が入っていたのです。

藁科さん 「長谷川さんが『大切なものだからなくすなよ』って。シャツのことなのか、伝統や思いなのかわからなかった」

川合さん 「『焼津の誇り』なのか僕らで考えて、その時はどうしたらいいのか…」

なくしてはならないのは「焼津の誇り」だと考えた二人は「魚河岸シャツ・ヴィンテージ」を作ることにしました。

東市の文字は、「焼市(やいち)」にしました。

藁科さん 「これは焼津プライド。焼津の思いを体現するシャツ。海の町・焼津に誇りを持って、自信を持って、令和の時代もみなさんと歩んできたい」

長谷川さんから受け取った大切な“焼津の誇り”。2人は魚河岸シャツを着た人で、再び町をいっぱいにしたいと思っています。