“ムネリン”川崎宗則選手 台湾球界での復活に向け地元・姶良市で始動

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2018年3月にプロ野球・ソフトバンクホークスを退団した鹿児島工業出身の川崎宗則選手が現役復帰します。川崎選手が選んだ新たなステージは台湾です。鹿児島県姶良市で練習に励む川崎選手に話を聞きました。

8日、姶良市総合運動公園野球場。台湾のチームへの合流を控えた川崎選手は、原点とも言えるこの球場で自主トレに励んでいました。

(川崎宗則選手)

「僕にとってはいろんな意味で成長させてくれた場所。ここからいつも始まっていたんですよね。プロに入ってからも」

「地元で小さいときからやっているので、パワーもらうんですよね。小学校の時、中学校の時思い出すし、一番はそれかな」

川崎選手は姶良市出身で、鹿児島工業を卒業後、ドラフト4位で福岡ダイエーホークスに入団。2004年には盗塁王と最多安打をマークし、球界を代表する選手へと成長しました。

そして、2011年にはメジャーリーグ挑戦を表明し渡米。5年間のメジャー生活を経て日本球界に復帰しましたが、去年3月、ソフトバンクホークスを退団しました。

それから1年あまり。現役復帰を決断した川崎選手が次に選んだ新しい舞台は台湾のプロ野球でした。

(川崎宗則選手)

「台湾の友達が教えてくれて『ちょっと来てくれないか』と言われて。僕はもうやめたからと思ったんですけど、ちょっとやってみようかなと思って。気が変わったんですよね」

「1年間(野球を)やっていなかったので、最初にボールを投げたとき肩がものすごく痛かったのを覚えています」

一度あきらめた野球。それでも、やめたことで気づいたことがあると川崎選手は話します。

(川崎宗則選手)

「一回やめて良かったと思うことがあるんですよね。やめたからこそ好きになった。一回離れてみないと分からないことありますもんね」

「所詮ボール遊びなんだけど、僕にとってはこのボール遊びのおかげでたくさんの人が応援してくれたり、いろんな人と出会えたりできているので、その原点に帰れると思います。またこの姶良の場所でね」

もう一度野球と向き合うことを決めた川崎選手。今後の目標を聞くと…

(川崎宗則選手)

「特にないですね、目標は。プロ野球選手になるのが夢だったんですよね。で、イチロー選手とプレーするのが夢だったんですよね。今は目標がないんですよね」

「でも、うまれると思う。(台湾に)行けば、何かが。そういうのがいいですよね」

「難しいし、残酷なスポーツです。野球は」

「野球は残酷だから、いろんな意味で楽しいこともあるんで」

「その中で心の僕にとってはゆとり落ち着くスポーツなのでまた野球と一緒に人生を歩いて行けることがこんなに幸せなことはありませんね」

一球一球、感触を確かめるようにプレーする川崎選手。思い出の詰まったグラウンドから第2の野球人生が始まります。