55年前の聖火ランナー “人生変えた1.4キロ”語る もう一度「車いすでも出たい」 福岡県

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2020年東京オリンピック観戦チケットの追加抽選販売が、8日始まりました。

前回落選した416万人が対象で、申し込みは19日までとなっています。

一方、福岡県を含む全国の聖火ランナーの募集も8月末で締め切られます。

聖火リレーとはどのようなものなのか。

55年前の東京オリンピックで、実際に聖火をつないだ男性に当時の話を聞きました。

1964年、今から55年前の東京オリンピック・聖火リレー。

沿道で大勢の人が見守る中、ランナーたちが聖火をつなぎました。

その様子をとらえた写真があります。

聖火を手にしているのは、福岡県飯塚市の斎藤正宏さん(75)です。

【元聖火ランナー 斎藤 正宏 さん】

「何と言ったらいいか言葉で言い表すことは難しいけど、とにかくものすごく興奮して…やった人にしかわからない。

 『立錐(りっすい)の余地がない』という言葉があるが、そのくらい人が両脇にたくさんいたからすごかった。その人数だけでも」

当時は20歳、ラガーマンだった斉藤さんは、地元の体育協会から推薦され、ランナーを引き受けました。

【元聖火ランナー 斎藤 正宏 さん】

「『私でいいんですか…わかりました』という感覚で。

 私自身もピンときてないですよ、何をどうするってことも考えてなかったし。

 これがトーチですね、当時の」

取り出したのは、55年前に使った聖火トーチ。

今も大切に保存しています。

【元聖火ランナー 斎藤 正宏 さん】

「こういう感じで走ります。

 (腕が)下がったら『上げてください』、煙がすごいと『右に倒してください』とか、(伴走の)白バイから全部言ってもらうんです」

そしてこちらは聖火ランナーの証明書。

中心には日の丸が描かれ、斎藤さんの名前が記されています。

このランナーの経験が、斎藤さんの人生を変えたといいます。

【元聖火ランナー 斎藤 正宏 さん】

「いい加減な人間だったし、いい加減な人生だったけど、『これじゃいかんね』と気持ちが変わり…自分の将来を考えてみたりとか。

 今度のオリンピックも、若い人にたくさん経験させたい。

 絶対変わると思う」

斎藤さんが走ったのは約1.4キロ。

その経験が、人生に対する考えを一変させました。

その道はいまどうなっているのでしょうか。

【元聖火ランナー 斎藤 正宏 さん】

「向こうからここをずっと下ってきて、タッチしてそこで移し替えて(出発)」

スタート地点は、当時の青果市場。

いまはリサイクルショップなどが建っています。

55年の時を経て、周りの風景もすっかり変わってしまいました。

【元聖火ランナー 斎藤 正宏 さん】

「銀行があったね福岡銀行、あれが橋の手前。

 ずらっと店が多かった、住宅ととにかく密集していました」

ゴールは当時の二瀬町役場。

いまは学校給食センターの跡地になっています。

【元聖火ランナー 斎藤 正宏 さん】

Q・ゴールしたときは?

「ほっとしました、達成感というか…終わったという感じで。

 自分の出身を走らせてもらって、他の人は全然違うところから来て走ってますから。

 一番いいところを走ってるなと」

斎藤さんはいま、時間を見つけてはストレッチや筋トレなどに、毎日欠かさず取り組んでいます。

数年前から足のしびれに悩まされ、思うように足が動かなくなりましたが、2020年もう一度、聖火リレーのランナーを務めるのが斎藤さんの夢なのです。

【元聖火ランナー 斎藤 正宏 さん】

「チャンスがあれば出たいと思います。

 下半身が動かなくなったけど、車いすでも何でも、チャンスがあれば出てみたい」

半世紀以上の時を超え、再び日本をめぐるオリンピックの聖火。

その火はどんな思いをつなぐのでしょうか。