激震で孤立した移住の里 町づくりの象徴に痛手 再建急ぐ一家も "この家で新しい命を" 北海道厚真町

北海道文化放送 カテゴリ:地域

 胆振東部地震で大きな被害を受けた北海道厚真町は、移住者受け入れを町づくりの柱に掲げてきました。

 今回の激震は、夢を抱いて移り住んで来た人たちの移住の里を一時孤立状態にしていました。

 多数の死者を出した北海道厚真町。

 被害が集中した吉野地区に注目が集まる中…取材班は、これまでカメラがほとんど入らなかった地区を目指しました。

 「あ、道路左側の電柱が傾いています」

 一之瀬登記者:「こちら厚真町内の道路ですが、地震の揺れの影響で、片側車線が崖下に大きく崩れています」

 市街地に通じる道路がいたるところで崩れ、一時、孤立状態となった「ルーラルビレッジ」。

 もともと厚真町は、雪の少ない温暖な気候や新千歳空港に近い交通の便などをアピールする移住政策で、2014年から4年連続で転入者が転出者を上回る「社会増」を達成。

 ルーラルビレッジは町づくりの象徴ともいえる"移住の里"です。

 現在、子育て中の家族からリタイア世代まで111世帯が暮らすこの里も激震に襲われました。

 厚真町の住民:「すごいですね、これ。ほんと半端でないわ、これは」

 なだらかな下り坂だった道路が1メートル以上も陥没。道路脇にも地割れが走るなど地震の影響が色濃く残っています。

 建物の損壊は少ないものの、住める状態ではない家も多く、避難所などに身を寄せる人が多いと言います。

 「車庫から車からグチャグチャ」「(Q.ちょっと見せて頂いても?)いいですよ」

 二世帯住宅で息子夫婦と暮らしている三浦政行(まさゆき)さん(67)。地震後、家の中は…。

 三浦政行さん(67):「これでもちょっと片付いたんだけど…」

 食器棚や本棚など、ほとんどの家具が倒れガラスが飛び散ったと言います。物でふさがれた階段を上がると…。

 「こっちも同じ子供の部屋だけど今は使っていない。これが現状です」

 被害が大きく、手つかずの状態でした。

 「(片付けが)進まないからイライラして怒ってばっかしいて、もうどっかへ行きたい。逃げていきたいここから」

 「ドアもなかなか開かない。地震の時は扉が外れていた」

 今年6月に結婚した長男の大輔さん(34)は7月からこの二世帯住宅で暮らし始めたばかりでした。

 妻の端月(はづき)さん(20)は今、実家のある苫小牧市に避難していると言います。

 三浦大輔さん(34):「今、妊娠中で心配をかけたくなかったので、実家の方に落ち着くまでいてくれと」

 妻の端月さんは現在、妊娠9か月。地震に襲われた時、大輔さんは必死に奥さんとお腹の赤ちゃんを守りました。

 大輔さん:「立ち上がろうとしたけど立ち上がれなくて、妻を抱きかかえることしかできなかった」

 親族も駆けつけ連日、家の片付けに追われていますが、なかなか先が見えません。

 三浦京子さん(63):「いやあ、どうしよう…」

 大輔さんの母、京子さん(63)は日中家の片づけをし、夜は近くの避難所で過ごしますが、壊れた家に泊まる夫と息子の体調が不安です。

 この日は栄養士会のスタッフに相談していました。

 「(夫と息子は朝)カップラーメンだけだっていうんですよ。そりゃダメだわって(栄養士に)言われた。ここにいたらお湯しかないもんね」

 そんな被災者を支えるのが、ルーラルビレッジの住民が自ら立ち上げた支援拠点です。

 町のボランティアセンターの設置を待たず、自力で物資の調達に動きました。

 災害ボランティアセンター 村上朋子さん:「別荘地域のような感じで移住された方が多くて」「どちらかというと孤立しやすい地域ではあるんですけども、今回の被災をきっかけに」「地域の結束、助け合いが出てきている」

 「はあ~、何でもいいからゆっくり寝たい、ほんとに。とにかくゆっくり寝たい」

 地震から1週間が過ぎ、疲労もピークを迎えています。

 それでも、新たに生まれる命を迎え入れるために三浦さん一家は再建を急ぎます。

 三浦大輔さん:「子供が大きくなったら『ちょうどこの年に生まれたんだよ』というような写真とかを見せて」

 2か月後、"移住の里"に待望の赤ちゃんが誕生する予定です。