相次ぐ“治験中止”…「認知症」の新たな治療薬の開発が難しい理由を聞いた

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  • 認知症の新薬開発のための治験中止が相次いでいる
  • 理由の1つ「ヒトの脳機能が高度なため、マウスでの再現が困難」
  • 専門家「治療の標的として極めて難しい対象だが、主な理由は“ズレ”」

認知症の新薬開発のための治験中止が相次いでいる

深刻な社会問題となっている認知症。
厚生労働省によると、すでに高齢者の4人に1人が認知症、またはその予備群とされ、今後、高齢化が進むとともに大幅に増加すると見込まれ、2025年には最大で730万人に達する見通しだ。

こうした状況を踏まえ、“認知症の新たな治療薬”を世界の製薬会社が開発を進めているが、“治験の中止”が相次いでいる。

3月21日にはエーザイが、アメリカの大手製薬会社「バイオジェン」と共同で進めていた、アルツハイマー型認知症の新たな治療薬「アデュカヌマブ」の治験を中止すると発表した。

3段階で進む治験の最終段階に入っていたが、十分な治療効果を証明できない見通しが強まったため、開発の中止を決めたのだという。

治験の中止が相次いでいる背景には何があるのだろうか?

エーザイの担当者に、認知症の新たな治療薬の開発の難しさを聞いた。

「ヒトの脳機能が高度なため、マウスでの再現が困難」

――エーザイが開発しようとしているのはどのような治療薬なのでしょうか?

アルツハイマー型認知症では、記憶障害などの症状が現れるよりもはるか前から、「ベータアミロイド(Aβ)」というタンパク質が脳内に徐々に蓄積し、神経の細胞死が引き起こされると考えられています。

私達が開発に取り組んでいる治療薬は、アルツハイマー型認知症の原因物質と言われているAβの産生を防ぐ、あるいは蓄積を防ぐことで、「疾患修飾効果(※記憶障害などの臨床症状を持続的に改善する作用)をもたらす次世代治療薬です。

「アデュカヌマブ」の治験の中止は非常に残念ですが、当社が創製した「BAN2401」、「Elenbecestat」という2つの次世代治療薬の候補を有しており、継続して開発に邁進します。


――アルツハイマー型認知症の治療薬は世界の製薬大手が開発しているが、治験の中止が相次いでいる。これはなぜ?

創薬が難しい理由としては、ヒトの脳機能は極めて高度であることから、マウスなどの動物モデルで再現することが困難なことに加え、ヒトの脳内の変化を直接、観察する方法がないことなどが挙げられます。

また、アルツハイマー型認知症の原因たんぱく質を除去することを目的とした、次世代治療薬候補の治験を成功させるためには、「正しい創薬標的(対象とする原因物質)」、「正しい患者様層」、「正しい用法用量」、「正しい臨床評価指標」を設定することが重要と言われており、失敗した治験にはいずれかの要素に課題があったと考えています。


――現在開発中の治療薬が実用化できた場合、どのような効果をもたらすと考えられている?

次世代治療薬は、長期にわたる「疾患修飾効果」によって、臨床症状を持続的に改善することが期待されます。

これらは、認知症の当事者とそのご家族を取り巻く治療や介護の経済的負担を軽減するとともに、社会的に様々なコストの低減につながることが期待されます。

「“治験の時期”と“治療が有効な時期”のズレが問題」

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開発の当事者であるエーザイは、開発の難しさの一例として「ヒトの脳機能が高度なため、マウスで再現することが困難」ということを挙げていた。

では、当事者以外の専門家は、その難しさをどのように捉えているのだろうか?

アルツハイマー病研究の第一人者である東京大学の岩坪威教授にも話を聞いた。

――なぜ、アルツハイマー型認知症の治療薬の開発は難しい?

アルツハイマー型認知症は、ヒトの脳の老化過程が病的に極度に加速した状態とも考えられ、治療の標的として極めて難しい対象であることが前提にあります。

しかし、主な理由は、数年以上前に計画された現行の治験の対象となっているのが、記憶障害や認知症の症状が現れた後の時期であって、ベータアミロイドなどの原因を抑える治療法が有効な時期としては、遅きに失している点にあると考えられます。

ヒトの脳には高い予備能力がありますので、軽度認知障害と呼ばれる、比較的症状が限られた時期でも、すでに多くの神経細胞が失われているために、そこの時点からベータアミロイドを抑えはじめるのでは、遅すぎた恐れがあります。

ベータアミロイドが、アルツハイマー型認知症の原因として最も強い要素であることは、まず間違いないと考えられます。

しかし、ベータアミロイドを抑えて効果を期待するには、もっと早期のまだ症状のない、ベータアミロイドの溜まり始めの時期が望ましいかもしれません。

この時期を「プレクリニカルAD」と呼んでいます。

また、ベータアミロイドの作用の後で、神経細胞の中に溜まって細胞を壊す「タウタンパク質」を抑える抗体療法も開発中です。

「トライアルレディコホート」作りが重要

――治療薬の開発に成功し、実用化するためにはどのような課題を解決すればよい?

良い治療標的をさらなる研究から見つけ出し、それをよく抑える薬を開発して、適切な時期に投与するのが大原則です。

ただ、アルツハイマー型認知症の治験は他の疾患に比べて、期間や規模が桁違いに大きくなります。

治験を進めてゆく上で最も大きな制約となるのは、適格な被験者の迅速なリクルートが難しいことにあります。

これを可能とするための仕組みとして、「トライアルレディコホート」作りが日本を含む各国で始まったところです。


――「トライアルレディコホート」とは、どういった仕組みなのでしょう?

トライアルとは治験のことで、「治験に参加するのに適格な条件を満たすボランティアの方を多数、登録した集団(コホート)を作って追跡検査を行い、条件に合った治験にスムーズに参加して頂く仕組み」を言います。

治療薬の治験では、お薬を飲まない自然の経過に比べて、薬を投与した場合に、認知機能やバイオマーカーなどの指標が改善するかが判定の基準になります。

これを正確に評価するために、認知症の早期段階の方々がどのようなスピードで認知症に進んでゆくかを精密に観察する追跡研究(日本でも昨年結果がまとまった"J-ADNI"研究など)がとても大事になります。

このような観察研究を行いながら、治験に対して、どんどんボランティアの参加を進めることを目的に、アメリカ、ヨーロッパ、オーストラリアなどで、国、研究者、製薬企業、社会が団結して、「トライアルレディコホート」を作る動きが加速しています。

この度、日本でも大きな「トライアルレディコホート」作りが始まることになり、今年の夏前には募集がはじまる予定ですので、認知症治療薬の開発にご興味のある方には、ぜひボランティアとして参加をお願いできれば幸いです。

「計り知れない福音になる」

――新たな治療薬を実用化できた場合、どのような効果をもたらすと考えられている?

認知症の発症を5年遅らせられれば、最終的に、「介護費を含む、認知症にかかわる社会コスト」の50パーセントを抑えられるとの予測があります。

それ以上に、認知症に悩む患者さんとご家族、さらに人類全体にとって、認知症が完成する前の予防が可能となれば、計り知れない福音になるでしょう。


世界の製薬会社が開発を進めているものの、相次いでいる、“認知症の新たな治療薬”の治験の中止。
その背景にある問題は1つではなかった。
ただ、認知症対策が日本の喫緊の課題であることは間違いなく、こうした課題を1つずつクリアしていくことが望まれる。