原発事故から8年…帰りたいけど帰れない 双葉町 避難住民の葛藤【福島発】

カテゴリ:国内

  • 震災・原発事故を受けて双葉町から埼玉 加須市に避難生活をしている人は400人超
  • あれから8年を迎え避難生活を送る人々の中にも、様々な葛藤が…
  • 埼玉に家を買って定住を決意する人…家を買っても揺れている人…、

戻れぬ自宅…でも帰りたい…

2011年3月11日に発生した東日本大震災から間もなく8年。今も福島県外に3万2000人以上が避難している。
帰りたくても帰れない…その現実と向き合い故郷から離れて暮らす住民のそれぞれの選択を追った。

およそ5年前に避難所としての役目を終えた埼玉県加須市の旧騎西高校。加須市内にはいまも400人を超える双葉町民が暮らしている。

双葉町から埼玉 加須市に避難生活をしている藤田博司さん。
夫婦で始めた野菜の栽培は、今年で4年目を迎えた。

藤田博司さん:
こうやって作ったのを皆さんに喜んでいただければね…

避難所が閉鎖された後に加須市に中古住宅を購入した。
しかし、このまま加須市に住み続けるのか…その答えは出せていない。

藤田博司さん:
双葉町にずっと住んでいようっていう、何代も住んでいこうっていう気持ちがあったからね。

しかし双葉町にある自宅は、除染廃棄物を保管する中間貯蔵施設の敷地内。
我が家には戻れないという現実を前にしても藤田さんの心は揺れている。

藤田博司さん:
どこに住んだらいいのかなということもあるけど…双葉町に今の所はね、帰れる状況がついたのならば帰りたいというのが本音です

帰らぬ決意…しかし本音は…

収穫した野菜をもって藤田さんが訪れた場所。
「加須ふれあいセンター」は加須市民と双葉町民が共同で運営する交流スペースだ。

「ふれあいセンター」をよく利用する双葉町から来た小丸栄子さん。
小丸さんは、故郷を想いつつも孫と暮らすための家を購入し、避難先の加須市で生きていくことを決めた。
なぜ小丸さんは加須で暮らしていくことを決断したのだろうか?

小丸栄子さん:
諦めだね…どうせ帰れないと思ってるから諦め

小丸さんが移住を決断したのは、津波の被害も受けたという理由だけではない。

加須市民の加藤満子さん:
(小丸さんは)一番下のお孫さん連れて、ここで頑張ってるじゃない。だから少しでも心が和むとか話せればいいかなと思って、ここに来させてもらっている。

この場所で出会い、親友となった加須市の加藤満子さん。
避難をきっかけに生まれた“縁”が故郷を離れて暮らす小丸さんの決断の背中を押した。

小丸栄子さん:
(ここは)生きがいだね…みんな親切にしてくれるから、私は恵まれてるかなって思う。

国や町などが行った最新の住民意向調査では全体のおよそ6割が、双葉町には戻らないと回答。

移住を決めた小丸さんもその一人ですが、本音は違うという。

小丸さん:
でも孫たちに言ってるの。おばあさんに“もしも”のことがあったら(自宅のある双葉町)両竹に連れてってと…

数字だけではみえてこない避難住民の複雑な思い…
藤田さんは、避難してきた住民たちが、受け入れてくれた地域と関わりをもつ選択肢を増やすことが重要と考えている。

藤田さん:
やはり人と人との心ですよね。ただそれに甘んずることなく、自分たちも生きていくということが大事なんじゃないかと思いますね

帰りたくても帰れない…故郷を思う気持ちと現実の暮らしの間で葛藤が続いている。

(福島テレビ)

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