“勤務時間外”の対応を拒否「つながらない権利」は日本でも広がる?弁護士に聞いた

カテゴリ:国内

  • 欧米で「つながらない権利」の法制化が広がる
  • 日本では約半数のオフィスワーカーが「持ち帰り残業」を経験
  • 日本の企業が導入「山ごもり休暇」が生む意外な効果

情報通信技術の進歩により、私たちは「いつでも・どこでも・誰とでも“つながる”」ことができるようになった。
SNSを見れば世界中の情報が次々と流れてきて、携帯端末では遠くの人ともビデオ通話ができる。
スマートフォンを使いこなせば、ある程度の仕事だってこなせるくらいだ。

だがこれらの技術革新とともに、「勤務時間外の業務対応」という問題が人々を悩ませるようになっている。
社用の携帯電話やメールアカウントには、場所・時間に関係なく連絡が相次ぎ、終業後にもかかわらず、時には休日であっても、自宅や外出先で対応した経験のある人も多いはずだ。

こうした事態を防ごうと、勤務時間外の対応を拒否できる「つながらない権利」の法制化が欧米で広がっているのをご存じだろうか。

欧米で法制化が広がる “完全ログオフ権”

ことの発端は、2017年1月に施行されたフランスの改正労働法。
50人以上を雇用する企業に対し、従業員の“完全ログオフ権”(勤務時間外のアクセスを遮断できる権利)を定義する定款の策定が義務付けられたのだ。
違反による罰則は設けられていないが、権利侵害で訴訟を起こすことも可能となり、勤務時間外の自由が法的に認められることになった。

勤務時間外の業務連絡を拒否できるという(画像はイメージ)

「つながらない権利」という考え方はこの法改正を皮切りに広がり、これまでにイタリアでも同様の法律が施行。
アメリカ・ニューヨーク市でも条例案として審議されており、こちらには罰金の罰則も科しているという。

「連絡手段のデジタル化」が生んだリスク

こうした背景には、連絡手段のデジタル化が考えられる。
ひと昔前の業務連絡と言えば、会社備え付けの電話やパソコンを利用することが一般的で、勤務時間外に対応しようにもある程度の限界があった。
社内でなければ完遂できないことも多く、一度退社してしまえば、業務連絡という呪縛から離れることはそう難しくはなかったのだ。

だが現在では、スマートフォンや通話アプリなどが普及したことで、時間や場所を選ばずに業務連絡をすることができるようになった。
情報共有や時間の有効活用などメリットも大きいが、気軽に連絡できるからこそ、仕事とプライベートとの境目があいまいになってしまうリスクもあるのだ。

デバイス管理サービス「CLOMO」を提供する「株式会社アイキューブドシステムズ」が2017年に行った労働実態調査では、20~50代のオフィスワーカー804人の44.8%が自宅や外出先で「持ち帰り残業」をしていると回答。さらに、この8割以上が持ち帰りを会社に報告しない「隠れ残業」だという。


この調査からも、結果的に「サービス残業」などが常態化してしまっていて、仕事とプライベートの線引きがしづらくなっているというのが多くの企業の現実だろう。

日本でも導入「山ごもり休暇」とは?

こうした中、日本でも「つながらない権利」に近い制度を導入する企業がある。その一つが、マーケティング事業を展開する「株式会社ロックオン」だ。
同社では1年に1度、会社と一切の連絡を絶つ9日間の連続休暇制度「山ごもり休暇」の取得が義務付けられている。
この制度、本当に山ごもりをしなければならないわけではなく、休暇中は会社とのコンタクトが原則禁じられ、休暇中の社員に対する問い合わせなどは、同僚や上司が対応してくれるというものだ。

担当者によると、このような制度を導入した狙いは、単に社員の疲れを解消させるためだけではなく、引継ぎ作業のきっかけにもするため。
各社員が定期的に引継ぎを行うことで、個々の業務内容や仕事量が分かり「業務の見える化」につながるという。

社員からは当初「そんなに休めない」と反発する声もあったというが、実際に取り組んでみると思いのほか、スムーズに移行できたとのこと。
今では「仕事とは違った刺激や経験、気付きを得られる」「仕事の活力となり、人生も豊かにしてくれる」などと楽しみにしているという。

山ごもり休暇でアメリカ旅行を楽しむ社員(提供:株式会社ロックオン)
「ウユニ塩湖」を満喫する社員も(提供:株式会社ロックオン)

同社の有給休暇の平均取得率は、2010年が20%台だったのに対し、山ごもり休暇の導入後は2011年が47.3%2012年は47.2%と上昇。2017年は71.6%を記録した。
このほか、制度化はされていないが、土日や業務時間外には業務連絡をしないことも慣習になっているという。
担当者は「例えるなら、山ごもり休暇は1年に1度行う“業務の棚卸”。既存社員の配置転換やキャリアチェンジの際の引継ぎにも役立ちます」と話す。

「山ごもり休暇」によって、一定期間、仕事とプライベートを線引きできるだけでなく、他社員の業務内容を引き継ぐことで、不在時や配置転換となった時にも柔軟に対応することができるようにする目的もあるという。さらに、自分の仕事に足りない点やアイデアの創出など刺激につながる面もあるかもしれない。

このような考え方が広がり、もしも日本で「つながらない権利」が導入されれば、どんな効果が期待できるのだろうか。
労働問題に詳しい、東京法律事務所の今泉義竜弁護士に話を聞いた。

業務上の指示が含まれていれば「労働時間」

今泉義竜弁護士(提供:東京法律事務所)

――勤務時間外(始業前を含む)に業務連絡をする場合、残業には該当する?

連絡の内容に業務上の指示が含まれていれば問題となります。
2000年の最高裁判例(三菱重工長崎造船所事件)では、労働時間とは「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいう」とされています。
勤務時間外に社用で連絡して何らかの業務指示をすれば、それは上司の指揮命令に置かれていることになり、その対応に要した時間は「労働時間」となります。契約上の根拠なく時間外労働をさせれば違法となりますし、時間外労働をさせた時間について会社は残業代を支払う義務が発生します。


――「つながらない権利」は日本で導入できる?その場合、どんな変化が想定される?

日本でも企業が独自に取り入れているケースはありますが、法制化する場合、どこまでの連絡を規制対象とするべきかが課題となるでしょう。
例えば、会社の同僚と遊びに行った場所で仕事の話になった場合、ラインなどでプライベートな話題のついでに仕事の話をした場合は該当するのか。
これらが業務の時間なのか、プライベートかを判断するのは、難しい問題です。

もし「つながらない権利」が導入されれば、会社側が従業員に安易に連絡するようなことを抑止することにつながるでしょう。


――導入によるメリット、デメリットは?

勤務時間外に社用連絡が禁じられれば、休暇中に仕事の対応を意識することもなくなるので、労働者にとって十分な休息を確保できるメリットがあります。
デメリットとしては、業務上緊急な対応が必要な状況で、担当している労働者が休日中であった場合、会社としての対応に苦慮することは考えられます。

ですが、そのような例外的な場合にどうするかは会社として事前に対応を決めておくべきでしょう。
そもそもそのような事態になるということ自体、日常的な情報共有不足や人手不足が主な原因だと思われます。
誰かが欠けても日常的な業務に支障が生じないような業務管理を、日ごろからすべきだと思います。

日本では「休む権利」があるという意識がまだまだ弱い

――もし導入された場合に「つながらない権利」を侵害しないためには?

労働時間以外の時間は労働義務から解放され、自由に時間を使う権利があるという意味では「つながらない権利」は現時点でも保障されています。
企業側としては、休日中に上司が労働者に、メールやSNSで社用の連絡をすることを明確に禁じるような管理職教育をすべきでしょう。
就業規則上等の社内規定でその旨を明記して周知することも必要です。

従業員側としては、自分が不在になっても業務に支障が出ないように、日常的な情報共有をしておくことが求められるでしょう。

また、社用メールにおいては、休暇中であることを伝える自動返信機能がもっと導入されてもよいと思います。
「休暇なので対応できない」という返答は欧米の仕事相手との間ではよくある話ですが、日本でもそれが当たり前の文化にしていくべきだと思います。


――具体的にはどんな対応が必要?

どの労働者が休んでも業務に支障が生じないような、情報共有の体制を日ごろから構築すべきだと思います。
日本では勤勉が美徳とされ、労働者には「休む権利」があるという意識がまだまだ弱い面があります。
それが長時間労働の蔓延・労働者の健康破壊につながり、企業にとっても生産性の低下につながっています。

労働者には「休む権利」があるのだという教育・啓発ももっとしていく必要があると考えます。
これは、有給休暇を取得しやすい職場の実現にもつながるはずです。

どこでも仕事ができるからこそ、プライベートとの線引きも大切(画像はイメージ)

4月1日からは、年間10日以上の有給休暇があるすべての労働者は、会社側が最低5日の有休を消化させなければならなくなる、という“有休の義務化”が始まる。

国が働き方改革を推進する流れの中で、「つながらない権利」も将来、日本でも法律や条例といった形で実現される可能性はある。
来たるべき未来に備えて、企業と労働者がトラブルになることのないよう、まずは業務連絡のルール作りに向けた話し合いは始めておくべきかもしれない。

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