2度ダウン奪うも“奈良判定”敗北か…「父の言葉で現役復帰」ボクサーが決勝戦へ【岩手発】

  • ボクシング少年は大人になっても父子で練習を…
  • 2度のダウン奪うもまさかの敗北…“奈良判定”疑惑
  • 「手伝えることがあれば」父の言葉から復帰し決勝へ

14年前のボクシング少年…現在も親子二人三脚で練習

去年世間を騒がせた“奈良判定”。ボクシングの国内大会で奈良県の選手に有利な判定が出ていたのでは、という疑惑だ。
ある青年が、2度のダウンを奪いながらも判定で負け、いわゆる奈良判定だと疑われた試合後に一度は引退した。しかし、父の言葉から奮起し復帰。国体のリングに上がって決勝に挑んだ。果たして決勝戦の行方は?そして本人の内に秘める思いとは…。

ミット打ちする当時小学6年生の少年。14年前、強いことで話題となっていた岩手・水沢市(現在は奥州市水沢)に住むボクシング少年、佐々木康太くんをFNNのカメラが取材していた。

佐々木康太くん(当時小学生6年生)

14年前の佐々木康太くん:
(ボクシングの好きなところは)リングに立って敵と思いっきり戦えるところ。

14年前の佐々木康太くん

教えているのは、父、慎一さん。オリンピックの最終選考まで残るほどの実力で、自らボクシング教室を開き息子を指導していた。街灯の下で夜の特訓も…。小さなボクサーはお父さんの胸を借りて、パンチを打ち込んでいた。

街灯の下で夜の特訓をする2人

それから14年後…
佐々木康太さんは、ボクシングを続けていた。ボクシング少年は、今や24歳の社会人。国体にも出場するなど岩手をしょって立つボクサーだ。

24歳になった佐々木選手

2度のダウン奪うも…“奈良判定”疑惑

父や兄の影響でボクシングを始めた佐々木選手。高校では水沢工業高校のボクシング部に入部し、2年生で東北チャンピオンに。大学はボクシングの名門日本大学へ進学し、副キャプテンを務めた。そして2016年、岩手国体の舞台へ。しかも会場は地元、岩手・水沢。

岩手国体ボクシング競技(2016年)

佐々木選手:
自分の地元の中の地元が会場だったので、運命すら感じて、将来最終的には岩手国体に出て優勝するのは、意識の中にあった。

国体を最後に引退しようと決意するほど集大成として挑んだという佐々木選手。初戦の相手は奈良県の選手だった。この一戦が佐々木選手のボクシング人生を揺るがすことになる。

試合は、青の佐々木選手が積極的に仕掛け最終第3ラウンド、赤の奈良県の選手からダウンを奪うと、直後にももう一度ダウンを奪った。

1度目のダウンを奪う佐々木選手
さらに2度目のダウンを奪う
2度のダウンを奪い右手を挙げる佐々木選手

佐々木選手:
勝利を確信しましたね。絶対(試合は)続かないだろうと。そうしたら続けられたので、あ、終わらないんだ、と。そこで感覚的におかしいなというのは若干あった。

試合の結果は、まさかの敗北…。
奈良県の選手に有利な判定が出る“奈良判定が疑われる試合となった。

試合直後の佐々木選手

佐々木選手:
あきれたというか、どうでもいいやという感じだったんですけど、リングを降りて観客席に行ったときに一気に申し訳なさがこみ上げてきた。自分も父もあんまり普通の状態じゃなかった。ボクシングの話はしなくなった。未練たらたらですよ。なんていう嫌な終わり方したんだろうと…。

「未練たらたら」と時折笑顔で話す佐々木選手

父の言葉から復帰を決意

もやもやした気持ちを抱えたまま、その後、佐々木選手は、ボクシングから離れ、ALSOK岩手に就職し会社員として働き始める。

そんななか、去年4月、復帰を望む声がかかる。10月の福井国体出場へ力を貸してほしい…、監督から何度も頼み込まれた。
予選だけ出場という気持ちでおよそ1年半ぶりに復帰を決めたという。後押ししたのは、父の言葉だった。

佐々木選手:
勝てるわけないと言っていたが、根負けしたというか。また動き始めて国体を目指す、と言ったら「(父が)わかった。手伝えることがあればやるから言って」と。

父・慎一さん:
期待はしていないけれど信頼はしている。もし力になれるなら、というのは家族で思っていた。

「信頼はしている」と語る父・慎一さん

止まっていた時間が動き始めた。はじめは体がついていかなかったが、猛練習を重ねる佐々木選手。
すると国体の東北予選で個人・団体優勝。2年ぶりに国体のリングにあがり、決勝まで進んだ。
そして…
敗れはしたが、見事準優勝。悲劇のボクサーは強くなって帰ってきた。

準優勝が決まった佐々木選手(左)

父・慎一さん:
意地があったと思いますよ。本当は弱かったんじゃないのと思われるがいやだったと思いますよ。

佐々木選手:
(奈良判定で)得たものはないかな。結果的に去年の国体で岩手国体を超える動きをしてやろうとは思っていたので、その力にはなったかな。

判定を検証していた第三者委員会は、一部の試合に不正があったことを認めたが、佐々木選手は後ろは振り返らない。
今年1月、佐々木選手が練習後、訪れたのは父、慎一さんの仕事場。これから始まるのは、夜の特訓だ。復帰してから大会前などに、こうして父は息子に胸を貸すという。ミット打ちの音だけが響く、二人だけの時間。あのときと変わらない風景だ。

親子二人三脚で歩むボクシングの道。2019年10月の茨城国体に向けて突き進む。

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