「1人あたり実質賃金」か「総雇用者所得」か アベノミクスの成果はどちらでみるの?

カテゴリ:ビジネス

  • 統計不正問題はどの賃金指標でアベノミクスを図るかの論戦に
  • 「1人当たり実質賃金」と「総雇用者所得」特性には一長一短が
  • 景気全体の動向と個人の生活実感の両面での分析を通じ冷静な政策議論が求められる

実質賃金は2年ぶりにプラスだが、前年と同じ事業所だとマイナスになる可能性

総雇用所得と実質賃金の数値変動

厚労省による統計不正問題は、アベノミクスの成果を、どの賃金指標で測るのが妥当かの論戦に発展している。

厚労省が公表した「毎月勤労統計」の2018年分速報値では、物価変動の影響を取り除いた「1人あたりの実質賃金」の伸び率が前の年に比べ0.2%のプラスとなり、2年ぶりに増加に転じた。 しかし、この年の調査は、対象の事業所を一部入れ替えて行われていて、公表された数値は新たに対象となった事業所も含めて、前年と比較したものだ。

野党は、前年調査と共通している事業所だけで比べた値のほうが実態に近いと主張し、 この方法で試算した場合、1人当たり実質賃金はマイナス0.4%程度に落ち込むとしている。 厚労省の公表値0.2%から0.6ポイント下がって、増減は逆転し、アベノミクス効果はあらわれていないというわけだ。

消費動向を正しく判断するのは?

根本厚労大臣は、野党が求める「共通事業所」ベースで試算した場合、大半の月でマイナスになることを認めたが、厚労省は、結局、このやり方で計算した数値は公表していない。

消費者は、物価の上がり具合を踏まえ、財布の中身を見ながら、買い物にどれだけお金を振り向けるかを考える。現実に受け取る名目の賃金が上がっても、物価の上がり方が賃金の上昇ペースを超えていれば、消費には慎重になりがちだ。このため、物価変動の影響を除いた実質賃金は、個人の生活実感を踏まえた消費動向をみるうえで、大事な数値であり、総務省統計委員会は、実質賃金では、共通事業所で比較した値のほうを景気指標として重要視する姿勢を示している。

答弁する根本厚生労働大臣

安倍首相「総雇用者所得の伸びはプラス」

一方、安倍首相が「複数の専門家が『景気回復の証拠』だとしている」と強調し、重きを置くのは「総雇用者所得」だ。 これは、1人当たり賃金に雇用者数をかけ合わせた値で、働く人に支払われた賃金の総額を示す。内閣府が月例経済報告の際公表しているものだが、2018年の月ごとの総雇用者所得は、前の年に比べ2.2%~4.1%プラスで推移し、 物価変動の影響を除いた実質でも1.0~3.6%増えている。2018年1年間でみると、 名目で3.2%、実質で2.5%のプラスだ。

こうした数値は、人手不足を背景に、女性や高齢者で雇用が広がっている動きを反映したものだ。総務省の労働力調査では、2018年平均の就業者は、前年に比べ、女性で87万人、65歳以上で55万人増えている。夫だけが働いていた世帯で妻も働きに出て共稼ぎを始めたり、定年を迎えた高齢者が再び働くようになったりして、就業者数が増えれば、所得の総量は押し上げられる。稼ぎがなかった人が労働に加わることで、全体として消費に回るお金は増え、景気は上向く、というのが、総雇用者所得の伸びを重視する首相側の論拠だ。

「総雇用者所得」VS「実質賃金」冷静な政策議論を

しかし、全体の所得が増えても、1人当たりの賃金が伸びていかなければ、消費の活性化は見込めない。女性や高齢者は、相対的に賃金水準が低い環境のもとで働き始めるケースが多いうえに、非正規で就労する事例も目立つ。2018年平均の正規の職員・従業員数が前年に比べ53万人増加している一方で、非正規では84万人増えた。収入が低水準のまま働く人の数が膨らむ状態が続き、1人あたりの実質賃金が伸びていかなければ、景気の好循環にはつながらない。

働いていない人が所得を得て家計全体のすそ野が広がる「総雇用者所得の増加」と、1人ひとりが景気回復を実感しやすい「実質賃金の伸び」。 「雇用」と「賃金」について何が読み解けるかは、それぞれの数値で異なり、その特性には一長一短がある。

指標をめぐる論戦は、 単に「アベノミクス」の成果があったかなかったかの応酬にとどまるのでは十分とは言えない。景気全体の動向と個人の生活実感の両面での実態分析を踏まえたうえで、今後の経済運営のあり方について冷静な政策議論が行われることが求められる。

【執筆:フジテレビ解説委員 智田裕一】

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