なぜ香港で大規模デモ? 一国二制度と中国の発展

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香港で可決されようとしている「逃亡犯条例」改正案の審議を阻止しようと、12日、議会周辺を取り囲んだ数万人規模の香港市民。

警察当局は催涙弾などを使い、強制排除に乗り出した。

9日、デモ参加者は、「言論の自由が脅かされる。わたしは戦います」と話した。

審議が再開すれば、再び衝突が起きる可能性もあり、現地は依然緊迫。

そもそも、この事態を招いた香港と中国の複雑な事情とは、いったい何なのか。

わたしたちにとって、香港というと、「食べ物がおいしい」、「手軽な海外の旅行先」といったイメージだが、なぜこんな事態になってしまっているのか。

13日は、香港の歴史から見ていく。

香港という地名の由来は、そもそも香料の材料である香木の集まる港という説がある。

つまり、香港は貿易港として大変栄えてきた。

しかし、19世紀に起きたアヘン戦争の結果、イギリス領になり、植民地時代を過ごす。

それから150年余りたって、1997年、中国に返還された。

ところが、この時の中国の政治体制は、共産党一党支配の国。

一方、香港は長らくイギリスの支配下にあったために、表現の自由、そして、経済の仕組みなどに大きな違いが出ていた。

そこで考え出されたのが、「一国二制度」。

これは何かというと、中国側が香港に対して、高度な自治、つまりは「司法」や「政治」、「経済」の仕組みを、返還後50年間にわたって保障しようというものだった。

それから22年たって、状況はかなり変わった。

5年前に中国は、香港のトップを決める重要な選挙で、事実上、親中派の人しか立候補できないという決定をした。

そこに反発して起きたのが、2014年の大規模なデモ。

2014年のデモの映像には、催涙弾や催涙スプレーで排除しようとする警察に、デモ隊が、あるものを出して防ごうとしている様子が映っていた。

それが、民主化運動のシンボル「雨傘」。

このデモは「雨傘運動」と呼ばれ、79日間にわたって続いた。

しかし、彼らの要求が通ることはなかった。

そして、また中国がルールを変えようとしている。

それが今回の大規模デモにつながっているが、今回は「逃亡犯条例」の改正というのが大変問題になっている。

これは、「容疑者の身柄を中国本土に引き渡すことができる」という改正案だが、これがあると、何が問題なのか。

香港で、例えば中国政府を批判するような言動をしたとすると、逮捕され、中国本土に身柄を引き渡されるおそれが出てくるという。

反対派は、この条例改正が行われてしまえば、50年間認められるはずだった「一国二制度」が事実上崩壊する、「香港が香港でなくなってしまう」と大変危惧している。

雨傘運動の主要メンバーで今回のデモにも参加している「民主の女神」こと、17歳のアグネス・チョウさんは、今週、日本で、「政権により、露骨に政府に対する反対意見を完全に消し去ることができる。香港は、完全に中国になってしまう」と語った。

注目の条例案の採決は、1週間後に予定されている。