戦略的「韓国スルー」や児童虐待言及のワケは? 安倍首相の国会演説を深読み解説

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  • 安倍首相の施政方針演説を詳報読み解き
  • 演説から韓国パートが消えた理由は?
  • 明治天皇の「御製」を引用して表現した日本人の「雄々しさ」 

「平成の、その先の時代」を連呼…安倍首相の施政方針演説

安倍首相の施政方針演説(1月28日)

「平成最後の国会」が1月28日、開会した。

冒頭に今年の政府の方針を示す『施政方針演説』を行った安倍首相は「平成の、その先の時代」を連呼し、「日本の明日を共に切り拓いていこう」と今後に向けた決意を述べた一方、関係が悪化する韓国について触れたのはわずか一言だった。この安倍首相の演説に込められた狙いと本音を読み解いていく。

官邸関係者が語る「韓国スルー」のワケ

韓国 文在寅大統領

今回の施政方針演説で注目された点の1つが、関係が悪化している韓国に関する言及だ。これまでの施政方針演説では、日韓関係について独立したブロックを設け、その関係の重要性や、未来志向の必要性を語ってきた。しかし今回の演説では、日韓関係に関するブロックは消え、北朝鮮に関するブロックの中で、次のように韓国との連携に言及しただけだった。

「北朝鮮との不幸な過去を清算し、国交正常化を目指します。そのために、米国や韓国をはじめ国際社会と緊密に連携してまいります。北東アジアを真に安定した平和と繁栄の地にするため、これまでの発想にとらわれない、新しい時代の近隣外交を力強く展開いたします」

露骨なまでに韓国に関する言及が減った理由について、官邸関係者は次のように語る。

「昨年は文政権が誕生したばかりで、対日政策を不安視していたが、まだ具体的な動きはなかった。そのため“未来志向”や“信頼関係”を強調する、いわば先方へのメッセージを説いた。
しかし、ちゃぶ台を返された今、もはやそういう“大人の対応”をする必要がない。でも韓国批判を書いたところで批判の応酬になるだけだろう」

すなわち、韓国については前向きな言及をするような状況にないが、あえて批判もせず、「戦略的に無視」するという結論に至ったということだ。政権幹部は「(連携が必要な)北朝鮮問題のくだりで触れておけば十分だろう」と語り、韓国とは当面“必要不可欠な場面でのみ付き合う”という考えをにじませた。

領土交渉が正念場…日露関係の難しい言い回し

日露首脳会談(1月22日 ロシア・モスクワ)

北方領土の返還を含む平和条約締結交渉が焦点となっている日露関係については、次のように言及した。

 「ロシアとは、国民同士、互いの信頼と友情を深め、領土問題を解決して、平和条約を締結する。戦後七十年以上残されてきた、この課題について、次の世代に先送りすることなく、必ずや終止符を打つ、との強い意志を、プーチン大統領と共有しました。首脳間の深い信頼関係の上に、一九五六年宣言を基礎として、交渉を加速してまいります」

ポイントは、去年はなかった「1956年宣言を基礎として交渉を加速」という文言が入ったことと、日露交渉に関してそれ以上の詳細な言及を避けたことだ。

日露両国は、「1956年の日ソ共同宣言を基礎に交渉を加速させる」ことで合意した去年11月の首脳会談以降、本格的な平和条約交渉をスタートさせた。演説では、その「1956年宣言を基礎」という部分を盛り込み、歯舞・色丹の2島返還を基礎に、残る2島についての成果を模索する「2島+α戦略」に舵を切ったことを暗に示した形となった。

一方で、安倍首相はプーチン大統領と、去年11月に続いて12月と1月にも会談するなど、異例の密度で話し合いを重ねているが、その内容の詳細は公になっていない。「交渉の中身について、どういう考え方を持っているかということも交渉に影響が出るため」(安倍首相)という理由だが、案の定、今回の施政方針演説でも、これまで記者会見などで表明した内容以上の言及はなかった。

実は、安倍首相は1月4日の年頭会見で「(北方領土の)住民の方々に、日本に帰属が変わるということについて納得をしていただく、理解をしていただくことも必要で」と発言したが、これにロシア側が反発し、苦言を呈していた。

それだけに、少しでも相手を刺激してしまうと交渉に悪影響を及ぼしかねない、そんなシビアな交渉段階に到達していることを示唆するような施政方針演説になっている。

統計不正問題では新表現が

内政面では、厚生労働省の『毎月勤労統計』の不正をめぐって陳謝し、再発防止と信頼回復への決意を強調した。

 「勤労統計について、長年にわたり、不適切な調査が行われてきたことは、セーフティネットへの信頼を損なうものであり、国民の皆様にお詫び申し上げます。雇用保険、労災保険などの過少給付について、できる限り速やかに、簡便な手続で、不足分をお支払いいたします。基幹統計について緊急に点検を行いましたが、引き続き、再発防止に全力を尽くすとともに、統計の信頼回復に向け、徹底した検証を行ってまいります」

「信頼を損なう」という表現はこれまでも用いてきたが、雇用保険や労災保険等を指しての「セーフティネット(最悪の事態から保護する仕組み)」という表現は、政府答弁では初めて登場した。今回の不祥事については、問題を大きくしたくない立場の首相周辺でさえも、「本来もらえるはずの(失業給付等の)額がもらえていないのは由々しき事態だ」と漏らす。そのため安倍首相は「セーフティネット」という言葉をあえて用いることで一歩踏み込んで問題の重要さを表現した上で、その対策への決意を示したものと思われる。

憲法改正は野党に「議論呼びかけ」

国立公文書館所蔵

演説の終盤において、安倍首相は憲法に言及した。

「憲法は、国の理想を語るもの、次の時代への道しるべであります。私たちの子や孫の世代のために、日本をどのような国にしていくのか。大きな歴史の転換点にあって、この国の未来をしっかりと示していく。国会の憲法審査会の場において、各党の議論が深められることを期待いたします。平成の、その先の時代に向かって、日本の明日を切り拓く。皆さん、共に、その責任を果たしていこうではありませんか」

ここでの「皆さん」とは議場にいる国会議員を指す。去年は野党の反対もあって憲法審査会での実質議論を一度も行うことができなかったことを念頭に、なんとかこの国会では憲法改正に向けた議論を進めたいという思いを胸に、野党に積極的な論議を促した形だ。

消費増税は三段論法で理解求める

2019年に控える経済面での大きな予定としては、10月に予定される消費増の増税がある。この点に関して演説では、大きく次の3段階の構成になっていた。

「貧困の連鎖を断ち切るために教育無償化を実現する」
 
「そのために新たな財源が必要で消費税を上げる」
 
「増税による消費の反動減が生じないようしっかり対策する」

演説後、西村官房副長官は会見で「リーマンショック級の出来事がない限り、予定通りに(消費増税を)実施するというこれまでの方針に変わりはない」と強調している。今度こそ増税の先送りはしないという考えを示している安倍首相としては、「消費税増税への理解を得るためにはその目的と対策を明確に訴える必要がある」と考え、その思いが演説にも表れたものとみられる。

目黒の5歳児虐待死に言及したワケ

亡くなった船戸結愛ちゃん

「多くの幼い命が、今も、虐待によって奪われている現実があります。僅か五歳の女の子が、死の間際に綴ったノートには、日本全体が大きなショックを受けました。子どもたちの命を守るのは、私たち大人全員の責任です。あのような悲劇を二度と繰り返してはなりません。何よりも子どもたちの命を守ることを最優先に、児童相談所の体制を抜本的に拡充し、自治体の取組を警察が全面的にバックアップすることで、児童虐待の根絶に向けて総力を挙げてまいります」

演説でのこのくだりは、言わずもがなだが、去年3月に東京・目黒区で5歳の船戸結愛ちゃんが虐待され死亡した事件を念頭に置いている。首相側近によると、安倍首相は首相就任前から児童福祉施設との接点があったこともあり、この事件について「本当に胸がつぶれる思い」を感じ、思い入れをもって児童虐待防止に向けて檄を飛ばしたという。この首相の思いを反映する形で、演説の中にこのエピソードが加わることとなった。

演説序盤に明治天皇の御製を引用した意図

今回の演説は、序盤に明治天皇の御製(天皇が詠まれた和歌)「しきしまの 大和心のをゝしさは ことある時ぞ あらはれにける」を引用している。首相に近い政府関係者は、この「雄々しさ(をゝしさ)」は本来「勇ましい」などという意味だが、皇室に受け継がれている「特別な思い」も含まれていると語る。

今上陛下は、東日本大震災後のおことばにおいて「この大災害を生き抜き,被災者としての自らを励ましつつ,これからの日々を生きようとしている人々の雄々しさに深く胸を打たれています」と、「雄々しさ」に触れて国民を励まされた。

昭和天皇も終戦直後の御製において、「降り積もる 深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき 人もかくあれ」(降り積もる深い雪に、多くの木は葉が落ちて色も変えている。その中で松は全く衰えず色を変えていない。人もこうあって欲しいとの意)と、「雄々しい」という言葉を使って国民を鼓舞した。

今回の施政方針演説で安倍首相は、明治天皇の御製を引用したのち、「明治、大正、昭和、平成。日本人は幾度となく大きな困難に直面した。しかし、そのたびに、大きな底力を発揮し、人々が助け合い、力を合わせることで乗り越えてきました」と述べた。どの時代においても困難を乗り越える日本人の「雄々しい」あり方の底には、歴代天皇から続く皇室の「雄々しさ」がある、という伏線が秘められているようにも感じる。

あえて発言の引用元を示さず

今回の演説の中には、いくつかカギ括弧で引用されているフレーズがあるが、いずれもその出典を明記していない。

例えば、2025年の大阪万博に関連し1970年の大阪万博に触れる中で、「驚異の世界への扉を、いつか開いてくれる鍵。それは、科学に違いない」と「会場で心震わせた八歳の少年」の話が登場するが、直後にiPS細胞の話が登場するため、ノーベル賞を受賞した山中伸弥教授のことだと分かる。

実際、これは大阪万博開催が決まったBIE(博覧会国際事務局)総会での山中教授のスピーチから引用されている。しかし演説の原稿には「山中教授」という名前は一度も出てこない。これは、流れで聞いてわかる内容はいちいち細かく説明せず、テンポよく演説を進める工夫なのだという。さらに演説では、「第一に」「第二に」などといった接続語も使わず、様々なテーマを切り替え、テンポを重視しているのも特徴だ。

この政府の政策や課題を示した安倍首相の演説を出発点に展開される平成最後の国会。そこでの議論と、安倍首相の今後の政権運営に注目していきたい。


(フジテレビ政治部 首相官邸担当 山田勇)

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