夫婦が切り盛りする24時間営業の食堂…“すれ違い”生活もこだわり続けるワケ【長野発】

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  • 五輪特需が終わって… 売り上げ20分の1に
  • 20年以上も夫婦“すれ違い”生活

夫婦が交代で切り盛り…“24時間”食堂

長野・信濃町に夫婦が交代で切り盛りする24時間営業の食堂がある。その食堂は、新潟・上越へと続く国道18号線沿いにある「こずえ食堂」

今年1月、厨房では、主の松野善子さん(53)が仕込みに追われていた。

松野善子さん(53)

昼間の店内は、多くの客でにぎわう。

にぎわう店内

地元で建設会社を営む男性客が注文したのは、人気ナンバー1のスタミナ定食。ニンニクの効いたタレで炒めた豚肉と玉葱、それをおかずに、御椀一杯にご飯が盛られる。

人気ナンバー1のスタミナ定食

男性客:
仕事が終わった後に、濃い目の味付けで、量も多い。

食堂のメニューは定食やラーメンなど、なんと100種類以上ある

松野善子さん:
家で食べるものより濃く味付けをしている。力仕事をしている客が多いので合わせた味付けになっている。

濃い味付けは親譲り。こずえ食堂は44年前の1975年、善子さんの両親が前のオーナーから引き継いで始めた食堂だ。深夜の国道を走るトラックの運転手のために、当時から24時間営業だった。

長野五輪特需が終わって… 売り上げ20分の1に

善子さんは神奈川県で生活していたが、母・八重子さんが体調を崩した為、1996年に夫婦で信濃町に戻り食堂を継いだ。
当時は長野オリンピックの直前。食堂は、工事の作業員やトラックの運転手で賑わったという。

松野善子さん:
工事の関係者など県外からすごい入ってきていたし、物流もすごかった。この道路(18号線)しかなかった。あの当時はよかった。(売り上げは)今の20倍はすごかった。もっとかな

「今の20倍はすごかった」と語る松野善子さん

その後オリンピックが終わり、1999年に上信越道が全線開通すると、次第に客足は減っていった…。

松野善子さん:
高速道路も良くなって。18号線自体が元気ない。この街道沿いで24時間やっているのはうちだけって聞いている。全国でも珍しいと聞いている。だからもうこういう商売のやり方は流行らないのかもしれない。もう1回、オリンピック呼びますか?(笑)

売り上げは20分の1に減り、20人ほどいたアルバイトは現在2人。それでも日中は善子さんが、夜は夫の正美さん(58)が出て24時間営業を続けている。

松野善子さん:
なにかきっかけがあったら辞めたいくらい大変。よその店が24時間を止めたことでうち1軒に。うちを目掛けてくる人がいる「あそこならやっているから」と。夜中でラーメンを食べれるのはここだけだからとかさ。そういう風に言われるとうれしいし辞められない。

日が暮れるとスキー帰りの客が次々と入ってきた。

3人組の地元の21歳男性:
この2人は学生で、帰省中。僕はこっちに住んでいる。24時間やっていると知っていて、それを2人に知ってもらいたくて、食べてみろよと。

3人組の帰省中の21歳男性:
お母さんの味がする(笑)。

20年以上も夫婦“すれ違い”生活

夜になり、自宅となっている2階から夫の正美さんが降りて来た。ここで妻の善子さんと交代。夫婦すれ違いような生活がもう20年以上続いている。

松野正美さん(58)

松野善子さん:
12月30日に店を閉め、その日に(夫婦で)食事に行く。毎年焼肉を食べ行くの。年に1回行くとしたらそれ。あとは冠婚葬祭。2人ででかけるのはまずない。

松野正美さん:
夫婦という相棒。家族だけど、互いに世話をしなくちゃいけないということはない関係。

朝9時前、善子さんが降りてきた。正美さんと交代に。昼の営業はこの日も盛況。

店内の様子

松野善子さん:
24時間営業はいつまで出来か分からないが、いつ来てもやっているからと来てくれる人もいるから。やれるだけ、続けられるだけ、頑張ります。

「続けられるだけ、頑張ります」と語る松野善子さん

湯気の向こうに広がる笑顔…。それが松野さん夫婦の「原動力」。今年もスキー客や地元客を温かくもてなす24時間営業が続く。

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