吉田沙保里選手の引退で分かった“レジェンド”ゆえの決意の瞬間

  • 吉田選手の引退は、4度の五輪を経て、モチベーションがすり減っていたのでは?
  • レジェンド・アスリートの引退には3つのタイプがある
  • レジェンドたちの引退を、スポーツ界がどう活かすか川淵三郎氏が提言

1月10日木曜日、女子レスリング吉田沙保里選手が会見を行った。表明したのは「33年間のレスリング生活に区切りをつける決断をした」ことだった。

「レスリングはもう全てやりつくしたという思いが強く、引退することを決断いたしました」と語った吉田沙保里選手。

2004年アテネ大会からオリンピック3連覇を果たし、世界選手権では13連覇の偉業を成し遂げ、まさに日本スポーツ界のレジェンドといえる吉田沙保里選手。会見では「東京オリンピックに出たいなという思いもありました」と語り、2020年の東京オリンピック“出場”と“引退”とで、心情が揺れ動いていたことも明かした。

レジェンドはなぜ今、現役生活に幕を下ろしたのか?

1月13日放送の報道プライムサンデーでは、アスリートの気持ちをよく知る4人の証言から、吉田沙保里選手、さらにスポーツ界のレジェンドが引退を決意する瞬間を分析した。

レジェンドならではの苦悩

まず話を聞いたのは、陸上400mハードル日本記録保持者、為末大氏。
2001年、2005年と、2回に渡り世界陸上で銅メダルを獲得した陸上界のレジェンドは、2016年のリオオリンピックでの吉田沙保里選手のあるシーンに着目した。そこにレジェンドと呼ばれる選手だけが経験する苦悩があったのではないかと分析した。

「たくさんの方に応援していただいたのに銀メダルに終わってしまって申し訳ないです」と、決勝で敗れオリンピック4連覇を逃した直後の会見で語った吉田選手。

吉田選手は「申し訳ない」という言葉を口にしていた。

為末氏はこの言葉について、「自分が挑戦をしたいからスポーツをしているのではなく、責任を果たすためにスポーツをしているふうになりがちなんです」と分析した。

レジェンドと呼ばれ、大会ごとに高まり続ける国民の期待。それはいつしか、大きなプレッシャーとなり吉田選手を襲ったのではないかという。

さらに為末氏は、「みんなのために自分がやっていて、自分がどんどんなくなってきて、“みんなのため”にバランスが大きくなりすぎると、選手のモチベーションはすりきれていって、『その責任はとても果たせません』という引退は十分あります」と話した。

為末氏は、4回のオリンピックを経て、吉田選手のモチベーションがすり減っていたのではないかとみている。実際リオ五輪のあと、吉田選手の足は本格的な練習の場から遠のいていた。

至学館大学の同僚で親友の野口美香さん

その様子を見ていた至学館大学の同僚で元代表選手の野口美香さんは、こう指摘する。

「皆さん簡単に復帰だとかすぐ言うが、『そんな簡単に言わないで』という気持ちと、あそこまで戻るにしても最強まで戻らないと、『戻りたい』と思わないと思う。中途半端では戻らないと思う周りの期待もあるし、自分のけじめもあると思うので…」

多くの期待を集める以上中途半端な気持ちで戦いの舞台には戻れない。

それは5年前に亡くなった最愛の父・栄勝(えいかつ)さんとの約束でもあった。

吉田沙保里選手は会見で「自分の父が生前、引き際が大事だよと、やっぱり勝って終わることが大事だとずっと言われていたので」と話していた。絶対の自信が持てないなら道を譲る。それがレジェンドたる吉田選手が出した答えだった。

最後に吉田沙保里選手は、「世界のレスリング界を後輩に引っ張ってもらいたい」と後輩への期待についても言及していた。

13日の報道プライムサンデーにご意見番として出演した、日本トップリーグ連携機構会長の川淵三郎氏も吉田沙保里選手をよく知る人物の一人だ。

川淵氏は吉田選手の引退について、「東京オリンピックに出たら必ず金メダルを取れるという確信があったら、まだやってたと思います。後輩も育ってきて、お父さんからも引き際が大事だと言われて、負けて選手生活を終わるよりは、ここできっぱり辞めて、後輩に道を譲って後輩を優勝させようという道を歩む決断は、トップとしては正しいことだと思う」と話していた。

レジェンドの引き際に3つのタイプ

プロ野球・広島カープのリーグ3連覇を支えた新井貴浩選手、サッカー日本代表のゴールを長きに渡って守った川口能活選手、楢崎正剛選手など、吉田沙保里選手の他にも、2018年のシーズンを最後に、多くのレジェンド・アスリートが現役の道を断った。

その決断を下すタイミングは大きく3つに分かれると、プロ野球・ヤクルトの内野手として活躍したスポーツライターの青島健太氏は指摘する。

1つ目のタイプについて「できるだけ長く輝き続けて、もう十分やり切ったというところでドーンとやめる、完全燃焼するタイプ。吉田沙保里さんは30代ですけど、彼女ももう十分に完全燃焼というキャリアの在り方といっていい」と青島氏は話す。

続けて青島氏は、2つ目のタイプについて、サッカーの中田英寿さんを例に出した。
「全盛期、ピークの時にさっと潔く辞めてしまう。サッカーの中田英寿さんが辞めた時は29歳。ドイツのW杯を戦って、ピッチにあおむけに寝て全く動けなかったシーンが印象的ですけど、『もうやりきった』と、『ここまでやったらやめる』と節目まで頑張って、次のキャリアに移っていく」

そして3つ目のタイプは、「年齢を経ながらも、その年齢の中での輝き方を求めてずっとキャリアを続けている」タイプだと言う。

スキー・ジャンプのレジェンド・葛西紀明選手や、メジャーリーグ・シアトルマリナーズのイチロー選手がこのタイプにあたる。
そしてこのタイプの選手で最も象徴的なのが、吉田選手の引退会見の翌日、現役続行を発表したサッカー界のレジェンド・三浦知良選手だ。常に現役にこだわり、来月52歳になるプロ34年目。その偉業をイギリス・BBCをはじめ、多くの海外メディアも報じた。

Jリーグの生みの親・川淵三郎氏は、50歳を迎えたメモリアルゲームをスタジアムで観戦し、激励するなど、レジェンド・カズの背中を押し続けてきた。

川淵氏は「恐ろしいですよね。この2月に52歳になるんですが、世界の歴史を見ると、サー・スタンレー・マシューズというイギリスのプロサッカー選手が50歳までやってるんです。僕の知っている限り、52歳までプロ選手でやっているのはカズ一人だけですね。世界のサッカー史に残る選手ですよ。去年点は取れなかったんですけど、52歳で今年リーグに出て1点を取ったら、世界中の話題になることは間違いないですね」と、カズのさらなる活躍に期待している。

「スポーツ界は宝の山」その真意は?

レジェンドたちの引退を、スポーツ界はどう生かしていけばいいのか。彼らを受け入れる競技団体では、去年多くの問題が露呈したが、一方で川淵三郎氏は、「スポーツ界は宝の山」と表現した。


川淵三郎氏:
日本のスポーツの協会のトップや経営していくスタッフに、ビジネスマインドを持った人というのはゼロとは言いませんが、ほとんどいませんよね。スポーツ界というのは、その競技の先輩が経営するのではなくて、その競技を普及・振興・発展していくための“能力”を持った人が、そのスポーツ界を経営していくわけです。日本にはそういう人がほとんどいない。
だから、そういうスポーツマインドを持った、技術と経験を持った人がトップになったら、日本のスポーツ界はどんどん発展していくし、競技団体の財政力がもっともっと豊かになる。その結果、日本のスポーツ界はさらに強くなる。日本のスポーツ界は宝の山なんです。宝の山というのはそういう意味です。

佐々木恭子キャスター:
ビジネス感覚をもってスポーツ界に挑んでくれる人材を、まずは育てていかなければいけないということですか?

川淵三郎氏

川淵氏:
そうなんです。それがまず第一で、肝心なところに人がいない。人がいないからお金が集まらない。お金が集まらないからその競技が発展していかない。そういう悪い循環になっているわけで、それをいい方にしないといけません。
お金がちゃんと確保できたらいい人材が集まりますね。安い給料じゃ、そんなところに行きません。日本のスポーツ界に優秀な人材を集めようと言ったって、そんな給料じゃいかない。そのせいで悪い方に行っているので、JOCも強化資金をそういう人材の育成のために、人材の確保のために、その予算を出すという方向に、方針の転換をしてほしいなと思っています。


川淵氏のもとで今、ボールゲーム9競技の日本の最高峰12リーグが連携し、競技力の向上と運営の活性化などを目指している。
スポーツ組織は、レジェンドたちの力に“ビジネスマインド”という力が加わることで、より強い、資金的にも豊かな組織へと成長していく。そしてそれが新たなレジェンドを育てる。宝の山から新たな宝が出てくる。そうなれば、日本のスポーツの未来は明るい。

(報道プライムサンデー 1月13日放送分より)

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