この謎の小動物は..? 将軍「徳川家光」が描いた“ヘタウマ水墨画”が初公開

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  • 徳川家光の「ゆるすぎる」水墨画が府中市美術館で初公開
  • 「一般的な物差しで言えばうまくはないが、魅力的」
  • 家臣に褒美として絵画をあげた家光。主従関係を教える意味合いも

これが将軍の画風!?

美術の世界は奥が深い。細部まで描かれた絵画から前衛的なアートまで、作品ごとに違った表情を見せてくれる。
国内でも、狩野永徳や葛飾北斎、上村松園や横山大観ら各時代の巨匠が、現在に語り継がれる作品を生み出してきた。

だが、人の心を捉えるのは写実的な作品ばかりではない。上手とは言えないが、なぜか魅力を感じる作品は多い。
「ヘタウマ」とも称されるこのような作品、誰もが名前を聞いたことがある“あの将軍”も世に残していた。


徳川家光「兎図」個人所蔵

球体に描かれた頭部はふわふわな毛に覆われ、耳のようなものが生えている。
中心部の顔には、くりくりとした黒目と心なしか笑みを浮かべているような表情が見え、その全体像はまるで「ゆるキャラ」である。そして胴体部分はどうなっているのか…

それにしてもなんとも可愛らしいこの絵、作者はなんと江戸幕府の3代将軍「徳川家光」だという。
題名が「兎(ウサギ)図」であることから、どうやらウサギらしい。…そう言われるとそう見えなくもないが将軍のイメージとはかけ離れた画風に驚く。

徳川家光肖像画(提供:堺市博物館)

徳川家光は参勤交代の制度化や鎖国政策を進めるなど、江戸幕府の礎を築いた人物。諸大名に「余は生まれながらの将軍である」と語った逸話があるように、気の強さも持ち合わせていたよう。筆者は「兎図」を見たとき思わずほほ笑んでしまったが、時代が時代なら「不届き者!」と怒られていただろう。

この作品、東京・府中市の府中市美術館が開催する企画展「春の江戸絵画まつり へそまがり日本美術 禅画からヘタウマまで」で初公開される。
見るものに何かを訴えかける作品を生んだ、家光の絵画の腕前はどうだったのだろうか?府中市美術館の学芸員に話を聞いてみた。

「上手ではないかもしれないが、これが家光のスタイル」

ーー「兎図」はどんな構図で描かれている?

ウサギが木の切り株の上でたたずむ様子を、正面から描いたものと思われます。江戸時代、ウサギは縁起の良い動物として知られ、焼き物や装飾品などの図柄にも使われていました。この模様には正面からの構図も多かったため、制作のヒントになったのではと考えられます。


ーーいつの時代の作品?

残念ながら詳細は不明です。その画風から「子どもの頃の作品ではないのか」という人もいますが、家光が40代の頃に描いた「木兎(ミミズク)図」も同様のタッチで描かれています。これが家光のスタイルなのでしょう。


ーー失礼ですが、本物?

家光の作品には署名や落款がありません。ですが、徳川家に家光の作品として伝わっている絵画と画風が同じであるため、本物とみて間違いありません。


徳川家光「木兎図」養源寺所蔵

ーーこの時代の画風は?

江戸時代は多くの絵師が活躍した時代でした。当時は「狩野派」と呼ばれる画家集団が文化の主流で、この狩野派は幕府に仕え、作品の献上や身分の高い人の美術指導などを行っていました。当然家光も指導を受けていて、一部の作品には狩野派の影響が見受けられる絵画もあります。

しかし「兎図」や「木兎図」などは、当時の画風とは異なる描き方をしています。通常の水墨画と同様、墨と筆を使っていますが、毛の描き方などは写実的で妙なリアルさがあります。恐らく、墨が乾いてカスカスになった筆を使い、まるでデッサンをするように描いたのではないかと考えています。


ーー家光はどのくらいの作品を残している?

これまで見つかっている作品は約20点ほどです。


「褒美として家臣にあげていた」

ーー将軍は絵を描くものなのか?

徳川幕府が制定した武家諸法度では「文武両道」が奨励されていて、このうち「文」が学問や芸術に当たります。人の上に立つ武士として、絵画の制作は将軍や大名にとってある意味「やらなければいけないたしなみ」でありました。ちなみに徳川幕府では、ほとんどの将軍が絵画を残しています。
ですが家光に関しては、描写の緻密さなどから描くことが好きだったのではないかと考えています。


ーー家光の絵の腕前は?

一般的な尺度から見れば、上手ではないかもしれません。ですがどの絵も一生懸命、写実的に描こうとしていて、「兎図」や「木兎図」でも羽毛のふわふわ感や瞳の様子を細やかに描写しています。その結果、見る人に迫るような、面白さや独特の雰囲気を持つ魅力的な絵画になったと思います。
狩野派をはじめとする「上手な絵」ではなかったかもしれませんが、「自分の絵」を知っていたのではないでしょうか。


徳川家光「鳳凰図」徳川記念財団所蔵

ーー家光は何のために絵を描いていた?

将軍としての素養を高めるのはもちろんですが、家臣に対する意思表示の意味合いもあったのではないかと考えています。
中国の思想家・韓非子の故事には、木の切り株にぶつかって死んだウサギを手に入れた農夫が、味を占めて仕事をせずに切り株を見張ったが、ウサギを捕まえられなかった「守株」という話があります。慣習にとらわれず柔軟な考えを持つべきという教えで、この話が「兎図」のモチーフになったと考えられます。

「木兎図」は複数発見されていますが、1920年代に見つかった作品には、掛け軸の裏側に、応神天皇武内宿禰の関係をにおわす記述があります。日本書紀によると、この2人は主従関係にあり、子どもが同じ日に生まれました。その際、応神天皇の産殿にはミミズク、武内宿禰の産屋にはミソサザイが飛び込んだため、その鳥の名前を交換してそれぞれの子どもに名付けたという逸話があります。

家光は自身が描いた作品を、褒美として家臣にあげていました。人の上に立つ心意気や主従関係とは何かを伝えたかったのかもしれません。


ーーなぜ今回の企画展に家光の絵を展示した?

企画展の趣旨が、不格好で大衆受けはしないかもしれませんが、どこか魅力を感じる「へそまがり」な作品を集めようというものでした。この趣旨を考えた際、4年ほど前に京都の骨董店で見つけた「兎図」を思い出したんです。今回の企画展にぴったりだと思い、作品をお借りして展示することを決めました。
今回の企画展には、徳川記念財団などからも協力を得て、家光関連では「兎図」「木兎図」「鳳凰図」を展示予定です。

企画展の特設ウェブサイト
徳川家綱「闘鶏図」

企画展の会期は3月16日から5月12日までで、会場には、長沢芦雪歌川国芳らの個性豊かな絵画約140点を展示予定。いずれも「ゆるさ」や「面白さ」を感じる作品であり、家光の息子・徳川家綱の絵画も並ぶ予定。特設ウェブサイトでは、企画展の見どころや展示作品の一例を確認することも可能だ。
ぜひ足を運び、こうした絵画を見て癒されてみるのはいかがだろうか。