【北海道胆振東部地震】“ななつぼし”の産地・厚真の水田に残る土砂 それでも米を作り続ける「誇り」とは

カテゴリ:国内

  • 北海道胆振東部地震発生から100日以上が経過
  • 12月になっても水田に流入した土砂や木々は残ったままの状態
  • 明治時代に遡る厚真の稲作の歴史がもたらした悲劇とは

「ミサイル」が落ちたのか・・・

厚真町の土砂崩れ

「ミサイルが落ちてきて、この世で生き残ったのは自分だけなのかと・・・」

自宅の二階で寝ていた。大きな揺れの後、ものすごい音がして、なぜか、身体が家もろとも巨大な何かに流されていた。気がつけば下半身が土砂に埋まり、身動きができない。何とも言えない生臭い、嫌な臭いがただよっている。闇の中、もう駄目だと諦めようとすると、ふと幼い頃の記憶が鮮明となり、「ばあちゃん」の顔が浮かんだ。目を開けると、数メートル頭上のわずかな隙間に、空が見えた。「ばあちゃん」が助けてくれた・・・

これは地震から3ヵ月が経ち、家族を失った厚真町の米農家の男性が、初めて会ったときに語ってくれた発災時の状況です。

失われた36名の尊い命

12月15日 平成30年北海道胆振東部地震 厚真町慰霊式

人口約4000人の厚真町を襲った北海道胆振東部地震から100日が経過した12月15日、町主催の慰霊式が執り行われました。式には地震で家族や親戚を亡くした遺族、107人が出席しました。

遺族を代表して両親を亡くした畑島武夫さん(57)が別れの言葉を述べました。
「このたびの震災では、厚真町内で36名もの尊い命が奪われました。私の両親を含め農家やその家族、そして農業に縁のある方々ばかりです。農業を基幹作業とする厚真町…」

明治時代に遡る稲作の歴史

関東のスーパーでも販売されている厚真町の「ななつぼし」

米の産地、厚真。

ここ数年、関東のスーパーで厚真産の「ななつぼし」が販売数を伸ばしています。神奈川県茅ヶ崎市で創業100年を超える老舗スーパー「たまや」では特売日に200袋以上が売れると言います。たまやの市嶋亮太専務によると
「初年度2010年から100トンから(厚真米の売り出しが)始まった。その翌年に、ちょうど東日本大震災があって、米がまったく無くなった状態のときに(厚真から)400トンまわしてもらった」
「本当に助かりました。あれがなければ乗り切れなかった」

厚真町の「ななつぼし」

厚真の米の歴史は、明治時代にさかのぼります。開拓当時、東北や北陸の米農家などが入植し、山間部を開拓して、水田を広げていきました。夕張山地から流れる厚真川の恵みを得て、今では良質な米がとれる産地となりました。

厚真町の開拓期 (写真提供:厚真町)

その一方で、厚真の米作農家の歴史は、繰り返される厚真川の氾濫との闘いでした。川の氾濫で多くの農家が被害を受けた過去があります。そうした災害を避けながら、米を育てるため、田んぼに近く、かつ川から離れた山沿いに、ほとんどの農家が家を構えるようになりました。

上空からみた土砂崩れ現場と厚真川

こうした稲作の歴史が悲劇をうみました。

手つかずの水田の土砂

土砂が流入した田んぼ

地震で自宅の裏山が崩壊し、土砂が家や農業機械などを飲み込み、水田に押し流しました。地震から3か月が経ち12月になっても水田に流入した土砂や木々は残ったまま、その上に雪が積もり無残な光景は徐々に白く塗られていっています。

水田に残った土砂や木々はそのままに雪は積り・・・

町によると、まずは道路や河川の土砂撤去作業が優先で、水田の土砂については運搬先がまだ決まっていないといいます。

農地の復旧工事は年明けから

「(農地の復興は)期待に応えられるところまで見通せた。被災した農家の方には、来春の営農に向けて頑張ってほしい」

厚真町土地改良区理事長を務める山田英雄さん

自身の農地も被災した米作農家で、厚真町土地改良区理事長を務める山田英雄さん(76)は、水田復興への手応えをようやく感じています。水稲に必要な水は、北海道開発局による応急復旧の災害復興工事で、かつて使用していた古い用水路を掘り起こすなどして、来年の春にはおよそ9割近くの農地に水が回せる見込みです。

土地改良区による、農地の復旧工事も年明けから本格化します。

厚真の大地で再び米を育てる

「全てを失ったから、逆に吹っ切れた」

冒頭に紹介した農家の男性は、被災した農地の近くに新たな土地を見つけ、来春の営農準備を着々と進めています。男性は家族も家も農地も農業機械も、全て失いました。

なぜ米を作るのか。
明確に答えを発しなくても、農地の名義変更、育苗のための準備などに奔走し、雪の中で一人働く姿に、厚真米作農家の「誇り」を強く感じました。男性は「(来年の米作りは)100点満点を目指すより50~60点でいい」と話し、まずは営農を再開することを優先します。まだ傷の残る身体で、人生の全てをかけ、生まれ育った厚真の大地で、再び米を育てます。

(執筆:uhb北海道文化放送 報道スポーツ局 報道情報部 佐藤 創)

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