トランプとメルケルとEUの2020年“最後の審判”

カテゴリ:ワールド

  • アメリカ大統領の原体験はブッシュ(父)元大統領
  • 真逆のトランプ大統領とはことごとく対立
  • 分断を乗り越え統一に殉ずるのがメルケル氏の使命 

政治キャリアの終わりが近づくメルケル首相

ほんの6年前のこと。EU=欧州連合がノーベル平和賞を受賞したことを皆さんはご記憶だろうか?授賞理由は「欧州の平和と調和、民主主義と人権の向上に60年以上にわたって貢献したこと」とされた。

ここ3~4年のEUにおける不穏と混乱、ポピュリズムと差別・不寛容の高まりを思うと、隔世の感がある。
だが、ノーベル平和賞の授賞自体がEU変調の予兆であったとも言える。「長引く欧州債務危機を乗り越え、統一を守って!」というEUへのエールの意味もあると受け止められていたからだ。当時から統一欧州の軋みは聞こえてきていた。

恨まれ役と承知で、ギリシャのユーロ圏離脱を防ぎEUの統一を守ったドイツのメルケル首相は今、政治キャリアの終わりに近づいている。地方選挙での敗北の責任をとり、CDU=キリスト教民主同盟の党首を辞任。首相職も任期満了の2021年秋をもって退任し、政界から引退する意向だ。内外の政治状況次第では、任期満了を待たずに引退というシナリオもあるだろう。

ドイツ統一の父、ジョージ・ブッシュへの想い

2018年12月ブエノスアイレスで会談するメルケル首相とトランプ大統領

1989年11月、ベルリンの壁の崩壊を契機に政治家の道を歩み始めたメルケル氏は、正に平成の30年間を駆け抜けた世界有数の政治家だ。今月、ブエノスアイレスで行われたトランプ大統領との会談での発言などには、30年間の思いが凝縮されている。

会談の直前に死去したジョージ・ブッシュ(父)大統領の思い出話を披露するようトランプ大統領に促されてメルケル首相は、「(当時のドイツの)コール首相に連れられてホワイトハウスにブッシュ大統領を訪ねた。彼はドイツ統一の父で、、もとい。統一の父たちの一人だ。私たちはそのことを決して忘れない」と語った。

そして、メルケル首相はブエノスアイレスから帰国するやとんぼ返りでワシントンを訪れ、ブッシュ氏の国葬に自ら参列した。
ブッシュ氏がホワイトハウスの主だったのは1993年1月まで。つまりメルケル氏は壁崩壊に始まる激動の3年の間に、コール首相に見いだされ、東ドイツに住む一般市民からアメリカ大統領に面会する政治家へと飛躍したのだった。

メルケル首相にとってはジョージ・ブッシュ氏がアメリカ大統領の原体験だったはずで、当時を振り返る発言は実に意味深い。
「ブッシュ氏は冷戦の終結と、ドイツの統一のみならず欧州の統一にもものすごく貢献し、それによって軍拡から軍縮へと世界の流れを変えた。」「コール首相はホワイトハウスにいたこのドイツの友人を頼りにできた。ブッシュ政権下で私たちは、米独間の友情の強さと頼もしさを経験した。この経験を決して忘れることはない。」

そこに示されているのは、欧州統一にはアメリカの理解と後ろ盾が不可欠だという洞察、そして、現在のホワイトハウスにはドイツにとって頼れる友人は不在だという嘆きだ。それはブッシュ氏とは真逆を行くトランプ大統領への諭しであると同時に、当てつけとも思える。

トランプ氏は2015年に「メルケル首相は100万人を超える難民の受け入れを決めた。正気の沙汰ではない」と批判して以降、現在に至るまで、メルケル批判を繰り返している。NATOへのコミットメントはあやふやだし、EUについては対立と分裂を画策するかのように、反移民感情をあおり、ポピュリズムや右翼政党に肩入れする発言、ツイートを行ってきている。

そういうトランプ大統領に対しメルケル首相は嫌悪感を隠そうともしない。そしてトランプ大統領もさらにやり返す。負のスパイラルだ。

「ヨーロッパが他国に頼れる時代は終わった」

政治生命のカウントダウンが始まったメルケル首相にとって、残された最大の懸念はトランプに違いない。

トランプは変わらない。辞めさせることもできない。それならば、カウントダウンがゼロを示すまで、ドイツと欧州の統一を守るしかない。「ヨーロッパが他国に頼れる時代は終わった」のだ。それが、東西冷戦で分断された東ドイツで育ち、ドイツの再統一(1990年10月3日)とEUの誕生(1993年11月1日)を目の当たりにし、アメリカとともにリベラルな価値観と国際秩序に殉じた政治家の使命だからだ。

2019年5月下旬には欧州議会選挙が予定されている。そこで自国第一主義・ポピュリスト・極右連合が躍進するとEU執行部にまで影響が及ぶことになる。EU全体にも遠心力が強く働くことは避けられない。EUという楕円形の焦点であるメルケル首相とマクロン大統領がいずれも弱っている今、戦いは厳しいものになると見込まれている。
そして2020年はトランプ大統領の再選選挙の年。ここでトランプ再選となれば、最長でも2021年秋で政界引退となるメルケル首相にとっては、事実上のゲーム・オーバーとなる。事情は、EUにとっても同じだ。

2020年はメルケル首相とEUにとって、過去30年を総括する“審判の年”となる。

(執筆:フジテレビ 解説委員 風間晋)

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