膠着続く日本人拉致問題のいま

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  • 不審船を見た遠い記憶と変わらぬ現状
  • 「拉致被害者は全員生きている」の真相 
  • 膠着続く拉致問題~今何が起きているのか~

漂着した木造船の遠い記憶

「お父さん、これはどこからやって来たの?」
「さぁ、どこだろうね。少なくとも日本の船ではないね」

私は東北地方の小さな町で生まれた。日本海沿岸部のそのさみしい町で、冬になれば、岩礁に激しく打ち付け、雪のように白い泡を宙に舞わせる荒波を眺めながら、恐怖におののいていた幼少時を思い出す。

 「不審船を見かけたら110番通報を」

町の沿岸部にはこうした看板がいくつも打ち立てられていた。その日海岸で、海の藻屑と化したのだろうそれを人だかりとともに見たとき、最初、船だとは思わなかった。どす黒く変色した「物体」には、判別できないが、文字のようなものが、うっすらと刻まれていた。

「乗っていた人はどこに行ったの?」
「わからないね。こんな海だから、溺れてしまったのかもしれないね」

いまから41年前の1977年11月、横田めぐみさんは、新潟県内で北朝鮮工作員に拉致された。私が生まれたのは同年10月だ。長年、拉致されたことも知らずに、そして事件に巻き込まれたことを知った後も娘に会えずにいる両親の思いが2018年のこの瞬間、政治記者をしている私には激しく突き刺さる。時間、場所が異なれば、私も同じような境遇になっていたかもしれないと思う。荒波の向こうに子を連れ去られたことを知る両親の悲痛さは想像すらできない。

1977年に北朝鮮に拉致された横田めぐみさん

2018年11月も、青森県深浦町の砂浜で、北朝鮮から漂着したとみられる木造船が見つかっている。この時も、乗っていたかもしれない乗員はみつからなかった―。

青森県深浦町に漂着した木造船(11月27日)

「拉致被害者は全員生きている」

2018年12月某日、政府関係者は「拉致被害者は全員生きていますからね」と私に語った。

 「今度は日本政府が北朝鮮にきちんと返答すべき時です。そうでなければ拉致問題は前に進みません」

全員生きているのかどうか、私にはわからない。ただ、歴史的会談と称されたあの6月の米朝首脳会談は、日本としても拉致問題解決に向けた大きなインセンティブになった。

米朝首脳会談(6月12日・シンガポール)

いま、「拉致被害者が全員生きている」と言い切る政府関係者は、あまりいない。その一方で、米朝会談以降、日本と北朝鮮の水面下の接触は間違いなく続けられている。小泉訪朝の時のように、予兆はおそらく表面化しない。その日は、突然やってくるだろう。

膠着続く北朝鮮問題~いま何が起きているのか~

6月の米朝会談以降、膠着状態が続く北朝鮮問題だが、まずもって非核化をめぐる交渉の進展があるかどうかが来年のカギになる。拉致問題は日朝でしか解決できないのは事実だが、その機運に直接影響を与えるのが、米朝交渉の行方である。中心的プレーヤーのアメリカの状況について政府関係者は次のように解説する。

「中国やロシア、中東情勢も含めてトランプ大統領の目先は、いま北朝鮮に向いていない。ただ、トランプ大統領のことだ。『さぁ、本題に移ろうか!』とモードを切り替えたときにまた一気に動き始めるでしょう。私たちはそのために地道に交渉を続け、準備をしているのです」

さらに別の政府関係者はこう指摘する。
「トランプ大統領はいま、韓国の文在寅大統領に対し、南北会談を急いではいけないと、強くクギを刺しています。米朝協議が思うように進展していないなかで、南北の融和だけが先行するのは避けたいという思いがあるからです」

トランプ米大統領と文在寅韓国大統領(9月25日)

まるで終わりのないカードゲームのように、複雑に絡み合う思惑の終着点はどうなるのだろうか。表に出ることがない水面下の交渉の端緒を少しでもつかもうとするのが我々の大事な仕事の一つである。報じられているように、政府は、北村内閣情報官など、複数のルートを使い、北朝鮮高官との接触を続けているとみられる。

北村滋内閣情報官

一方で、拉致被害者をめぐる状況について、今年、取材を通じて、悲観的な見通しを示す政府関係者が多かったことも事実である。

「仮に北朝鮮が再調査の結果を日本に伝える段階になったとして、日本がとても受け取れるシロモノではない場合、それをどうすればいいのかという結論が出ていない」

この人物の指摘は様々な示唆に富んでいる。日本と北朝鮮は、2014年に、拉致被害者を含む日本人の再調査を行うことで合意した。ストックホルム合意である。この合意は、その後の北朝鮮の軍事的挑発行動によって宙に浮き、いまも暗礁に乗り上げたままだ。

前段に紹介した政府関係者が語った、「今度は日本政府が北朝鮮にきちんと返答すべき時です」という言葉がひっかかる。「今度は―」ということは、日本側にボールがあるということなのか。
ストックホルム合意に基づく双方の交渉の過程で、政府は、拉致被害者に関するなんらかのメッセージを受け取っている可能性が高いとみられる。
「公式に受け取ったら交渉は最後、拉致問題は二度と解決できない」という見解を示す立場と、「時計が止まったままの交渉を前に進めるには、一度北朝鮮の報告を『聞いてみる』ことが必要だ」との立場が対立している。この両者の間を埋めるウルトラCを模索するのが政府の仕事だ。

政府高官は「北朝鮮は出そうと思えば今すぐにでもちゃんとした再調査の結果を出せる。それを出せばいいだけだ」と語り、強気な姿勢ものぞかせるが、拉致問題は解決済みとの立場を再び持ち出す北朝鮮との溝は埋まっていないように見える。

拉致問題、正念場の2019年に

拉致問題は安倍政権のもとで解決するしかない。仮に政権が変わり、交渉がゼロからスタートするには、あまりにも時間が経ちすぎている。
また、ロシアとの平和条約交渉も重要な局面を迎えている今、安倍政権が解決すべき課題は山積し、残された時間も刻一刻と少なくなっている。

(政治部・官邸キャップ 鹿嶋豪心)

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