「ファスナー」が水面を切り開く!? 隅田川を運航する“謎の船”を見られるのは今だけ!

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  • ファスナーの形をした船が12月28日までの期間限定で隅田川に登場
  • 発想のきっかけは「上空からの見間違え」
  • 「引き手部分は動かそうと思えば動きます…」

小さなころ、車、飛行機、船などの乗り物に夢中になった人も多いと思うが、テレビや映画で登場する“未来の乗り物”に憧れ、「自分ならこんな形の乗り物を作るのに...」と妄想した人もいるのではないだろうか。

そんな想像を現実とした船が、東京の隅田川に登場した。まずはその目で実物をご確認いただきたい。

どうみてもファスナー

これは合成画像ではない。まぎれもない本物の船なのである。
でもファスナーにしか見えない。というかファスナーが水面を進んでいる。

船の正体はアート作品。期間限定で吾妻橋〜桜橋の間を運航

隅田川の魅力を再発見してもらう「ふねと水辺のアートプロジェクト」

この船は、墨田区と株式会社KADOKAWAが主催するイベント「Edo⇄2018 すみだ川再発見!『ふねと水辺のアートプロジェクト』に登場したアート作品。
国内外で活躍する現代アーティスト・鈴木康広さんの作品で、その名も「ファスナーの船」

全長約9.1メートル、幅約3.1メートル、高さ約2メートルを誇り、全体の乾燥重量は約1.1トン。ファスナーの造形部分で約520kgを占めるという。
搭載した90馬力の船外機をエンジンに、速度は約6ノット(時速約11km)と速めのペースで進む。

そしてこの船、今回のイベントでは12月28日まで毎日、正午から午後2時の間、吾妻橋と桜橋付近までの約1kmを実際に運航する。(天候不順の場合中止あり)
残念ながら一般の方は乗船はできないが、ファスナーが川を切り開くシュールな光景を楽しめるとネット上でも好評だ。

・見に来てよかった。面白かった(^^)
・高いところから眺めたほうが形と波の線が分かりやすい
・クスッと笑える景色でした

屋形船とすれ違うと大きさが分かる

今回のイベントは2020年の東京オリンピック・パラリンピックを見据え、隅田川の歴史的価値や魅力を再発見してもらおうと主催されたもの。KADOKAWAによると、隅田川は江戸時代、地方行政区分である「武蔵国」と「下総国」を隔てる国境であり、文化芸術の発信地でもあった。
これらの歴史と、船に続く「引き波」が水面を開いたり繋いだりするように見える「ファスナーの船」の作品コンセプトが合致して、出展に至ったという。

見れば見るなど「なぜこのような物を作ったのだろう」という思いを感じずにはいられない「ファスナーの船」。
鈴木さん本人に、制作の経緯などを聞いてみた。

見間違えから始まったインスピレーション

作品の考案者である鈴木康広さん(写真提供:国際交流基金)

ーーなぜ「ファスナーの船」を考案した?

2002年に羽田空港から国内線の飛行機に乗り、ふと窓側の席から東京湾を見下ろしたとき、海を航海する船と引き波をファスナーに見間違えました。物の見え方を変える作品を作ろうと考えていたのもありますが、その時に「実は人は船を見ながら、少なからず無意識にファスナーも思い出しているのではないか」と本気で考えてしまったんです。

現代社会は人々が意図したものばかりで構成され、私たちは毎日その中で働き、生活をしています。そんな時代だからこそ、野性的な感性、潜在的に見えているものを現実の形にしたいと思い、本物の船をファスナーの形にして海を開くことを考えました。


ーー船を作るまでの経緯は?

実は2002年頃の自分にとってアートは「切実で誰もが重要と思う題材や問題を扱う」という固定観念があり、当初はファスナー型の船を作品の題材とすることに抵抗がありました。ですがクリエイターの友人にアイデアを話した時、「面白いからやるべき」という言葉をもらいました。

そこでスケッチなどで試案を重ね、小型のラジコン船を改造して作った船を池で走らせると、本当にファスナーが浮かんでいるように見えたんです。引き波と合わせて見るとまるで本物で、「これは大きな船でも実現してみたい」と思うようになりました。

ラジコン式の「ファスナーの船」を持つ鈴木さん

ーー2010年の瀬戸内国際芸術祭に合わせて大型の「ファスナーの船」を制作した理由は?

瀬戸内国際芸術祭の公募では落選したのですが、ディレクターと話す機会があり、「ファスナーの船」のアイデアを提案しました。当時、品川の原美術館のプロジェクトに関わっていて、その美術館の支援者だった造船業者から漁船を提供していただくという幸運もあり、乗客をのせる船としての実現に大きな一歩を踏み出すことができました。

「引き手部分は動かそうと思えば動きます…」

ーー船はどのような構造?ファスナーの形は運航にどう作用する?

船体の土台は通常の船と同様で、その上にファスナーの「胴体」があります。「柱」に当たる場所を船室としていて、そこに「引手」を付けています。通常の船と異なるのは、やはり引手部分です。大きく重量もある(ふねと水辺のアートプロジェクトに出展した船では、長さ約5.75メートル、重量約170kg)ため、船体の一部としては適していません。引手を胴体と水平に近づけることでバランスを保っています。
ファスナーに近づけるため「胴体」の形状も左右に飛び出していて、乗り降りなどは難しいです。

ファスナーの仕組み

ーー造船時に苦労した点は?

造船に関しては素人なので、制作はプロの設計士や造船関係の方に協力してもらったのですが、自分が理想とするファスナーと船としての機能とのすり合わせに苦心しました。シンプルで機能的な“ファスナーらしいファスナー”をイメージしたのですが、船としての強度を考えるとファスナーとしての形から離れていく。実際の船には引手部分を支える支柱があるのですが、本当はそこもないほうがいいと思いました。
最初に見た瞬間本物のファスナーと感じてしまうような、自分の目を疑ってしまうような作品になるようこだわりたかったのです。


ーー引手部分は動く?

動かそうと思えば動きますが、安全性を確保するため普段は固定しています。

見方を変えることにリフレッシュのヒントがある

墨田川を悠々と開く「ファスナーの船」

ーー今回のファスナーの船は2010年制作のものと同じ?

隅田川の橋に対応した高さとしなければならなかったので、2010年の作品を参考に小型艇を改造して作りました。主な変更点はやや小型となり、引手の角度も低くなりました。(2010年制作の船:全長11.37メートル、幅4.65メートル)


ーーファスナーの船に込めた思いと隅田川を運航する姿を見て

見慣れた物や当たり前な事象は、思いもよらないきっかけで特別なものに変わります。飛行機から見下ろした船がファスナーに見えたように、見方を変えることで人や物との関わり方、自分自身をリフレッシュするためのヒントが隠されているように思います。私自身も東京で生活していますが、隅田川は東京の歴史や文化などが蓄積されている場所です。「ファスナーの船」が立てる引き波を見ることで、隅田川の魅力を再発見するきっかけとなればうれしいです。

ファスナーと人同士のつながりを表現したスケッチ(鈴木さん提供)

鈴木さんによると、2010年の瀬戸内国際芸術祭で「ファスナーの船」を運航した時、船内では向かい合って座った乗客同士の姿が偶然交互になり、ファスナーで噛み合う金具のように見えたという。ファスナーが衣服の縫い目をつなぎ合わせてくれるように、「ファスナーの船」は空間と空間、乗船した人間同士をつなげてくれる不思議な船かもしれない。
今回の運航は12月28日までなので、機会があればぜひ、隅田川を開くファスナーを見学してはいかがだろうか。