よく見ると“わさびの文字”…常識破りの「おろし板」が、実はわさびの味を最も引き出す!?

カテゴリ:テクノロジー

  • わさびの文字でわさびをおろす“おろし板”が話題
  • きっかけは「本わさび」に関する苦情
  • 300種類ほどのデザインで試したが、わさびをおろすのに最も適していた

おろし板は通常、おろし面がギザギザになっているものであり、それが常識だ。

そんな常識を打ち破るおろし板に関するツイートが4万3000以上リツイートされ、話題になっている。(12月12日現在)



投稿者によると、わさび屋さんに薦められたおろし板をよく見たら、おろし面がギザギザではなく、「わさび」の文字。しかも、おろしたわさびは雪のようにふわっとクリーミーだったのだという。

このおろし板は、わさび漬けなどわさび加工品の製造・販売を手掛ける「山本食品」が製造している、わさび専用のおろし板「鋼鮫(はがねざめ)」(税込4320円)。

この遊び心のあるおろし板を、なぜ、わさび加工品メーカーが作ったのか?
そして、なぜ、おろし面を「わさび」というひらがなにしたのか?「山本食品」の代表取締役、山本豊さんに話を聞いた。

きっかけは「本わさび」に関する苦情

――「鋼鮫」を作ろうと思ったきっかけは?

せっかく高価な「本わさび」をお買い上げ頂いても、「家ですりおろしたら全然辛くなかった」「思ったより風味が乏しかった」との多くのお客様の声があり、中には「おたく(山本食品)で買ったわさびは辛くない」とのご意見までありました。

詳しくお尋ねすると、ほとんどの理由が、家庭にある金属やプラスチック製の薬味おろし器を使用して、大根おろしを作る動作と同じように「本わさび」をおろし面に強く押し付けて上下にすりおろしているのが現状でした。

わさびは本来、「笑いながら擦れ」と言われるほど、力まず優しく空気を取り込みながら擦ることが重要です。
これは、わさびの細胞が壊れ空気に触れることで辛み成分が生成され、粘りも出て、辛味・風味が増すためです。

ただ、いくら説明をしても、「本わさび」のおろし方が伝わらないジレンマが常にあり、老舗和食店やお鮨屋さんで食べるような、本来「わさび」が持つ風味・辛味を味わっていただきたい、と思っていました。

そんなある時、ふと、「わさびのおろし方やコツを知らなくても本当のわさびの味を引き出せるおろし板があれば…」と思ったのが「鋼鮫」を作るきっかけです。

「わさび」の文字が最もわさび本来の味を引き出した

――「わさび」の文字以外に候補はなかったの?

実は、この「わさび」の文字デザインに至るまでには、おろし面のデザイン形状を“丸”、“三角”、“四角”、“星形”など、300 種類ほどのデザインで試作を行いました。

ただ、どれも納得がいかず、半ばヤケになって「わさび」の文字の試作を作りました。

その結果、不思議なことに「わさび」というひらがな文字が最も優れており、「やはり、わさびにはわさびの文字が最適なのか!」と、とても驚き、興奮したのを今でも忘れられません。


――なぜ、「わさび」の文字で、わさび本来の味を引き出せるの?

まずは、わさびは、そのままでは辛みはありません。

わさびの辛みのもととなる「シニグリン」という成分がすりおろされることにより、細胞の中のシニグリンが分解され、酸素に触れて、「アリルカラシ油」というわさび特有の辛味・風味に変化します。

細胞をより細かく、かつ、空気を含むことにより、アリルカラシ油が増し、わさびの辛味と香りを最大限に引き出すことができます。

試行錯誤の中で偶然に発見した、「わさび」の文字ですが、正直、困ったのは、実用新案を取るときに必要な「新案の理由と構造」でした。

「何か分からないけど…」というわけにはいかず、開発した時にさかのぼり、何度も何度も繰り返した過去の失敗例との比較をし、「何が違ったのか」、「何が良かったのか」を模索し、徹底的に調べました。

その結果、「わさび」の文字が持つ、それぞれの字の特徴が“最大の理由”と判明いたしました。

「わさび」の文字を一つずつ見ていただくと、ご理解いただけると思います。

まず、 「わ」「さ」「び」の文字は円によって構成されています。

すりおろされたわさびは、この円の中で回転されながら空気を含みます。そして、すりおろされ、充分に空気を含んだわさびが、「わ」の文字では開きのある下方向に、「さ」の文字では左右へ、「び」の文字では上方向へ押し出される仕組みが分かりました。

次に、 最大のポイントとなる“エッチング技法”です。

エッチングを簡単に説明しますと、「化学薬品などの腐食作用を利用した表面加工」。要するに、金属を溶かして加工することです。

金属を“削る”のではなく、“溶かす”というところに大きなポイントがありました。

次の写真の「おろし面の断面図解」をご覧ください。

エッチングの場合、金属を上から溶かすことにより、下部に比べ上部は激しく溶けます。

したがって、断面が丸みのある 「R」 となります。

普通のおろし器のおろし面は直角に近い立ち上がりですが、エッチングの場合は山型となり、おろされたわさびは上下の回転をします。

この回転によって、さらに空気を取り込むことが分かりました。

「鋼鮫」はおろすアクションで、“文字の形による平面の回転”と“エッチングの特性による立体的な回転”という“2次元”と“3次元”の2つの回転を行っていることが分かりました。

まさにこれが、わさびの“辛味”、“香り”、“甘味”、“粘り”、そして何より、たっぷり空気を含んだ“クリーミーな口どけ”を可能にする理由でした。

文字のフォントにもこだわった

――文字のフォントにもこだわりを感じますが?

文字のフォントや大きさ、文字間、行間ですが、これらに関しても様々なフォントや配列を試しました。

現在のデザインに落ち着いた理由としては、「 とにかく試作を作っては実際にわさびをすりおろして試す」を繰り返した結果です。

時間がかかりましたが、理屈より味と仕上りに重点を置きました。

それこそ、「文字の大きさを今より“〇%”大きく」 「文字の太さを“0.数ミリ”細く」 「文字間を“0.数ミリ”広く」 「エッチングの深さをもう少し深く」 「エッチングの時間をもう少し早く」「エッチング回数をもう一回多く」などです。

その度にわさびをすりおろし、少しずつ修正し、理想の形に近づけていきました。

「鋼鮫」のアイディアの着手から完成まで1年ほどかかり、その間は試作、試しすりの繰り返しでしたが、今考えると、徐々に完成に近づいていく作業は本当に楽しく、ワクワクの連続でした。

「鮫皮」はアイスクリーム、「鋼鮫」はソフトクリーム

――従来のおろし板と比べて、そんなに違うもの?

本来なら実物を見ていただき、味わっていただきたいのですが、こちらが3つの異なったおろし板で、すりおろしたわさびの比較写真です。
仕上りのなめらかさが分かるかと思います。

――本わさびの一番美味い食べ方は「鮫皮」でおろすことと言われている。「鮫皮」と「鋼鮫」を比較して、すりおろしたわさびはどう違う?

本わさびには「鮫皮おろし」が一番といわれるのは、鮫皮のきめの細かさが わさびをすりおろすのに理想的だからです。

ただ、「鮫皮おろし」は高価な上に耐久性に難があり、使用後の手入れも大変で、保管にも気を使わなければなりません。

また、「鮫皮おろし」の原料として最も適したカスザメが、近年、乱獲による個体数の減少で規制されようとしてます。

これに加え、鮫皮には目(方向)があるため、目に逆らわなければ上手くおろせません。

この点、「鋼鮫」は、縦、横、斜めの直線的なすりおろし方でも、「鮫皮おろし」以上の仕上りとなります。

普通の目立ておろし板でおろした本わさびをかき氷に例えると、「鮫皮おろし」はアイスクリーム、そして「鋼鮫」はソフトクリームのような仕上りと表現できるかと思います。

これは、おろした時のキメをいかに細かく仕上げ、かつ、空気を多く含ませる構造により、口どけを良くし、本わさびが持つ本来の魅力を100%引き出すことを重視しているからです。

したがって、香り、辛味はもちろん、「鮫皮おろし」以上、かつ、「鮫皮おろし」では出にくい甘味、そして粘りを出せるのも、「鋼鮫」の特徴と言えます。


――つまり、「鋼鮫」ですりおろしたわさびの方が美味しいということ?

「鮫皮おろし」ですりおろしたわさびよりも、美味いと断言させていただきます。

プロの料理人からも称賛の声

――実際に「鋼鮫」を使ったプロの料理人(鮨屋など)の反応は?

許可をとっていないので店名を出すことができないのが歯がゆいですが、日本人なら誰もが知っている有名鮨店や老舗和食店からも、嬉しい称賛の声をいただいております。

プロの料理人さんから届いた声の中で一番多いのが「とにかく驚いた」です。

この他にも、「同じわさびがこんなにも辛く仕上がるのはすごい」「鋼鮫でおろしたわさびはまるで淡雪のようなくちどけで香りが一段と優れている」などの声をいただいています。

一見、“話題作り”のようにも思える、わさびの文字でわさびをおろす「鋼鮫」。
そこには、血のにじむような努力と試行錯誤に裏打ちされた、並々ならぬこだわりが込められていた。