ブレグジットは案の定ドロ沼=英首相が絶対に避けたいことを考える

カテゴリ:ワールド

  • イギリスのEU離脱 まさに泥沼の様相 投票は延期の方向
  • “通常の離婚”と呼ぶに相応しい離脱は、実は強硬離脱だけ
  • イギリスの政治家がどうしても避けたい事態とは?

EU離脱 まさに泥沼

「首相は離脱法案に対する投票を延期の方向」
“PM understood to be delaying Brexit vote.”

イギリスの将来を決めることになるかもしれない議会投票が11日に予定されていたが、どうやら延期の方向らしい。間もなく、日本時間の11日未明にはメイ首相が声明を発表する予定と報じられている。

上記はこれに関連するBBCの記事の見出しである。EUとようやくまとめた離脱案はこのままだと否決されるのが確実、投票延期はやむを得ないのだろう。そして、その後も含め不確定要素は実に多い。イギリスのEU離脱を巡る行程はまさにドロ沼(Quagmire)である。

11日に予定されていた投票が土壇場で延期になるのは、メイ派の閣僚からも声が上がっていた、どのみち否決されるなら投票を延期してEUとの再交渉をすべしという主張に、メイ首相も与したものと思われる。

いざ投票となった場合、もともと否決は確実な情勢であった。その場合、焦点は票差で、一説には賛否の差が50票程度に収まれば、1)メイ首相は離脱案が否決されたことを梃子にEUに再交渉を求める、2)たとえ形ばかりでも譲歩を引き出し新離脱案で合意したと主張して議会での再投票に賭ける、3)これ以上の抵抗は強硬離脱(Hard Brexit)不可避と反対派を改めて脅して切り崩す、という目論見だった。しかし、それさえも難しい程、反対の声が強かったということなのだろう。

イギリス国民が目指す“離婚”とは

イギリスのEU離脱はよく離婚に例えられるが、通常の離婚と呼ぶに相応しい離脱は実は強硬離脱だけである。有体に言えば手切れ金を支払って夫婦関係を解消し、後は、他人としてそれぞれの道を歩むのが一般的な離婚だと思うが、これに相当するのは、EUの政治同盟からも統一市場も関税同盟も抜けて、その他大勢と同じWTOの貿易ルールに基づく通商関係を築く、という強硬離脱だけである。

しかし、メイ政権とEUが現在目指す離婚はこれではない。イギリス国民の多数が望む離婚もこれではない。

離婚はするが、同居は続け、家計も共通部分は共有し、相互の行き来はこれまで通り自由にするという同棲状態の維持を望む勢力もあれば、二世代住宅に同居するごとく玄関口は別々、家計もごく一部の例外を除いて別、往来も許可制にすべし、だが、敷地は一緒を求める人々もいる。ややこしい例えで恐縮だが、ノルウェー型プラス案や関税同盟残留案、さらには統一市場残留案がこうした分類に入るだろう。

はっきりしているのは、ドロ沼が続くこと

もちろん、離婚そのものを止めて元のさやに納まろうという勢力もいる。彼らは国民投票を再び実施し、離脱を止めるという結果を目指している。しかし、何れの案も現時点では過半数の支持を得られる見通しにない。相手方、すなわちEUの賛同が得られるという保証もない。イギリスだけの都合では、離婚手続きの取りやめは可能なようだが、離婚の条件は決まらない。

確かに英下院議員の大多数は強硬離脱に反対している。だが、ではどうするかとなるとバラバラである。大多数が反対しているというのは、そうはならないという保証にはならない。過半数が代案に賛成しなければ結果は強硬離脱になってしまう。かようにイギリスのEU離脱は依然不透明なのである。はっきりしているのは、当分、多数派の形成は困難で、ドロ沼が続くということである。

北アイルランド紛争の再燃は避けたい

が、この離婚に際し、首相だけではなく、イギリスのほとんどの政治家が絶対に避けたいと考えている事態が二つある。この二点に関してだけは共通理解がほぼできていて多数派が形成されていると言って良い。

その絶対に避けたい事態の一つは北アイルランドの紛争が再燃してしまうことである。ブレグジットに関心のある方ならご存知と思うが、この為にハード・ボーダー(Hard Border)は何としても避けるという事になる。

イギリスの一地方である北アイルランドでは1998年の紛争終結合意(グッド・フライデー合意)までプロテスタントとカソリックによる紛争・テロ攻撃が続き、3,000人以上が死亡した。この再燃を何が何でも避けるのはイギリス国内のみならず、アイルランド共和国始めEU諸国の政治家の共通の使命となっていて、その結果として、北アイルランドと南のアイルランド共和国との国境は、離脱後もこれまで通り人も物も自由に往来できるままにするというのが共通理解となっている。国境管理を厳格にするハード・ボーダーは避けるという意味はこの北アイルランド国境の往来の自由を指す。

しかし、これが今回の離脱案にも課題を残す結果になっている。

人も物も自由に往来できるというのは入管も税関も設けず、チェックをしないということである。しかし、素通りにする以上、その国境の両側で、例えば第三国から輸入された物品の関税率や品質基準が異なっては困るということになる。放置すると、イギリスが離脱しても、北アイルランドとアイルランドの国境を通じて、事実上、関税同盟が維持され、あちこちで不公平が生じてしまう。

これを避ける為、今回の離脱案でも、とりあえずイギリス全体が関税同盟に残ることになっている。しかし、同時に、一定期間後にイギリスとEUも自由貿易協定が纏まらず手切れとなっても、イギリスの一方的意思だけでは関税同盟から抜けられないようにもなっている。つまり、将来の自由貿易協定で合意できなければ、イギリスは関税等に関するEUの規定にその後も従属し続けるか、或いは、例えば北アイルランドだけを特別扱いして関税同盟から抜ける合意を纏めなければならなくなる。

スコットランドも黙ってはいない

これがさらに、次の懸念を生じさせている。

もしも北アイルランドだけを特別扱いするということになれば、それは北アイルランドと他の3の地方、すなわちイングランドとウェールズ、スコットランドの通商ルール・品質基準が、同じ国であるにも関わらず、異なるということになる。これがひいては北アイルランドの分離独立・アイルランド共和国との合併に道を拓くのではないかという懸念に繋がるのである。この懸念故、北アイルランドのプロテスタント系政党は、メイ首相の離脱案に反対している。

イギリスの正式国名はグレート・ブリテンと北アイルランド連合王国・The United Kingdom of Great Britain and Northern Irelandである。万が一、北アイルランド独立という事態に繋がれば、現在の連合国家は分裂である。国名も変えざるを得なくなる。ごく一部の例外を除けば、そのような事態・連合の分裂をイギリスの政治家は絶対に望まない。

2016年6月の国民投票で敗れた時のキャメロン首相は、イギリスの歴史で、離脱と混乱をもたらした政治家として未来永劫記憶される。このレッテルは剥がれない。北アイルランド紛争を再燃させた政治家、連合の分裂を招いた政治家も、万が一、そのような事になれば、未来永劫、そう記憶される。メイ首相も、その後任達も、こればかりは絶対に避けようとするだろう。

だが、中途半端な離婚はそもそも無理がある。強引にやれば北アイルランドと連合国家に禍根を残す。あれやこれや考えると元の鞘に収まるしかないと計算し舵を切るのが自然な流れなのだが、かつての栄光と今も色濃く残る連合国家のプライドがまだ邪魔をしているように筆者には思える。メイ首相、もしくは、後任がいつ英断を下すのか、或いは、下せないままだとすれば、如何にしてドロ沼を越えるのか、筆者は注目していきたいと考えている。ただし、何も期待せずに。

(執筆:フジテレビ 解説委員 二関吉郎)

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