【パラアスリートの言魂】ウィルチェアーラグビー 若山英史

カテゴリ:芸能スポーツ

  • 2018年世界選手権 初優勝にも募る焦り
  • 2020東京大会で、海外のエースを苦しめる日本のディフェンスの要として期待
  • そんな若山選手の目指す選手像とは?

2018年の世界選手権で世界一に輝いたウィルチェアーラグビー日本代表・若山英史選手。
障がいの重い「ローポインター」として守備的役割を担うディフェンスの“要”だ。

悔しさを胸に日本代表の主力に

19歳の時、プール事故で頸髄を損傷して車いすユーザーになった若山選手。リハビリ施設でウィルチェアーラグビーに出合い、「この競技で世界を目指す」と人生の新たな目標が生まれた。

自宅のある静岡県から一番近くにあったクラブチーム『横濱義塾』に加入し、現在も静岡から練習が行われる横浜市まで毎週、新幹線で通っている。

選手としての転機は2012年のロンドンパラリンピックだ。日本代表に選ばれたものの、出場機会に恵まれなかった。さらに、この大会で日本は4位と惜しくもメダルを逃した。それから4年間、若山選手は悔しさを胸にトレーニングを積み、主力として2016年リオ大会の銅メダルにつなげた。

そんな若山選手の武器は“スピード”だという。

世界一に輝くも、悔しさが残る

ウィルチェアーラグビー日本代表の強化トレーナー、新田恵斗氏は「漕ぎ出しの力や、トップスピードに乗ってからの持続力、加速力といったところは日本の中でもトップレベルになっていますね。トレーニングするときも、適応能力がずば抜けて凄いなと思います」と若山選手の特徴を語る。

若山選手自身も、「僕は同じクラスの選手の中ではスピードがあると思っているので、さらにそこに磨きをかけて、海外の選手が嫌がるようなディフェンスの要になりたいなという気持ちはあります」と自身のスピードを更に磨きあげ、“要”となるべく、練習を重ねている。

今年行われた世界選手権で、日本は初優勝という快挙を成し遂げた。しかし、若山選手自身は悔しさが残った大会だったと語る。

「本当に嬉しい結果を得たんですけど、若い選手が伸びてきた部分もあって、ベンチにいる時間が増えてきたりしているところなので、自分の気持ちを奮起させて、選手として成長していかないといけないというのは感じます」

2020東京に向け闘志に火がついた

2020年東京へ、再び闘志に火がついた。

「東京では誰よりも印象に残るプレーがしたい」

落ち着いた口調でそう話した若山選手は、印象に残る選手になりたいという。
「見てくれたお客さんが『印象に残った選手は誰ですか?』と聞かれた時に『若山選手が凄かったです』って言われるようになったら嬉しいです。地元だったら『アイツと友達なんだぜ』ってみんなが誇れるようなそんな人間でありたいなと思います」

トレーナーの新田氏は、若山選手を『お調子者』と笑いながら言うが、「明るい状態でどんどん前に進もうという気持ち、ましてや試合の時であればムードメーカーとして動くことができる」と実はムードメーカーとしても評価している。

2020年東京パラリンピックでは、海外のエースを苦しめるディフェンスの要として、そして日本代表チームの要として、活躍を見せてくれるはずだ。

若山英史(ワカヤマ・ヒデフミ)

1985年1月3日生まれ 33歳 静岡県出身 横濱義塾所属。
19歳の時、プール事故で頸髄を損傷して車いすユーザーに。
パラリンピックは12年ロンドン、16年リオの2大会連続出場。リオは銅メダル獲得。
日本トップクラスのスピードを誇り、主要メンバーとして世界で活躍。

(PARA☆DO!:毎週水曜夜10時54分放送
 https://www.fujitv.co.jp/sports/parado/

PARA☆DO!の他の記事