三遊亭小遊三さん「厳しい時は厳しい」 桂歌丸さんとの思い出語る

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落語家の桂歌丸さんが亡くなったことを受け、演芸番組「笑点」で共演していた三遊亭小遊三さんが記者会見を行い、歌丸さんとの思い出を語った。

昨日、遺体安置の部屋から帰って来て、その姿からずっと振り返っているんですけれど、やっぱりなんといっても、晩年の圓朝ものに取り組む姿というのが、後輩としては強烈に印象に残っていまして、よくこんなことまでできるなと。

やるだけなら、まあ噺家(はなしか)ですからやれるんです。でも完璧にやるんですね。これがちょっとまねできないことじゃないかなと。

それからさかのぼって、私も個人的なお付き合いをしたのは『笑点』に入ってからでございまして、とてつもなくかわいらしい歌丸師匠に接しました。

宴会でお盆片手に、旅姿三人男を当て振りで踊ったりとか、そういう姿は、一般の方は絶対に見られない姿だったんじゃないかと。

あの性格通りでございます。

麻雀やるにしても、ピシッと姿勢を正しく、賭けごとやるのに姿勢を正しく、で、膝にハンカチを広げまして、まあクリスチャン・ディオールか何かのハンカチを前にかけて、で、『ロン』てなことを言ってた姿が、うれしそうな姿が思い浮かびます。

私が噺家になろうかなと思った時には、昭和40年代の頭頃には『笑点』が大ヒットしましたんで、もう大スターでしたから、寄席入った時に歌丸師匠が来るのが怖かったですね。ピリピリしてましたから。

厳しい所はしっかり厳しかった。無駄に怒るということではなくて、こっちがドジを踏むと、しっかり怒ってくれる。

従って、私はなるべく近寄らないようにしておりました(笑)

高座はもう『笑点』ネタで大爆笑でございました。

それが最後は、圓朝ものにつながったんでございます。

歌丸師匠の言葉に『落語家ってのは落語である以上、何でもできなきゃいけない。私はどうも人情話は苦手だよなんて言ってちゃいけない』と。

『全部できて初めて噺家だ』と。

その通りのことを爆笑ものもやれば、長屋ものもやれば、滑稽話もやれば、そして最後の締めくくりが圓朝ものの怪談話と。

もう思い出しただけでもスゴイなと思いますね。

なんとも言えませんね。

あぁもう口きかないのかなと思うと、本当寂しい思いです。