全長37キロ!ギネスブックも認める杉並木を歩いてみよう!

カテゴリ:国内

  • 37キロの世界一長い並木道はギネスも認める
  • 1万2000本の杉並木を植樹した松平正綱とは
  • 杉の木のオーナー制度で保護活動も

世界一長い杉の並木道

現在の日光街道、日光例幣使街道、会津西街道の3つの街道にまたがる日光杉並木は、なんと全長37キロ!
世界最長の並木道としてギネス世界記録でも紹介されている。

全長37キロにも及ぶ杉並木を撮影するにあたり、通常のENGカメラに加え、ドローンを使用した。
より立体的に壮大さを余すことなく伝えるためだ。
特別史跡、特別天然記念物でもある杉並木を傷つけてはならないため、撮影には細心の注意を払った。

20年もの歳月をかけて植樹した人物に迫るも…

この杉並木の歴史は、今からおよそ400年前、徳川家康、秀忠、家光の3代にわたり将軍家に仕えた松平正綱が、日光東照宮へつづく参道に杉を植樹し、徳川家康の33回忌に寄進したことから始まる。松平正綱は、若くして徳川家康に才覚を認められ、さまざまな重要な役職に重用された。

主君の恩に報いる為に24年もの歳月をかけて植樹した正綱は、どんな表情をしたどんな人物なのか、そしてなぜ杉を選んだのか知りたいと思った。
400年以上前の事であるが故に、調べることは容易ではなかった。

まず、正綱の肖像画が見つからなかった。日光東照宮の担当者も研究者も一度も見たことがないという。

そもそも、江戸時代に将軍など高位に就いた人物以外の肖像画は存在しないということだった。
後に、ギネス登録されるような世界最長の杉並木を整備した人物の肖像画がないとは思いもよらなかった。

もうひとつ頭を悩ました事は、なぜ正綱が植樹に「杉」を選んだのかということだった。もともと日光には杉が多かったため選ばれたのではないか。
または、天を突くような佇まいに神々しさを感じたからではないかなど諸説ある。はっきりしていることは、現在1万2000万本もある杉には、正綱の報恩感謝の想いがしっかりと託されていることだ。

栃木県立博物館と日光図書館に貴重な資料があることがわかり、撮影に向かった。

・「日光道中絵図」(写真の上・中)<栃木県立博物館蔵>
江戸から日光までの宿々の全行程を描写した絵図。江戸幕府の第11代征夷大将軍家斉の日光社参に関わる資料。

・「従江戸到日光山駅路」(写真の下)<栃木県立博物館蔵>
延宝6年、今からおよそ350年前、阿部美作守正武が将軍名代として第3代将軍家光の霊廟に代参した際に参詣路となった日光道中沿道の様子を、藩主の命により記載して献上したもの。日光道中を描いた絵巻物の中で、最も古いものに属する。

栃木県立博物館に所蔵されている資料は、江戸から日光までの行程が極彩色で描写されとても美しかった。

また、こちらの古い写真は、大正時代に撮影されたという。(日光市立日光図書館蔵)
当時の人の姿が映されており、杉並木と共に生きる人たちの日常を知る大変貴重な機会となった。

何百年前から変わらぬ風景

朝5時の日光杉並木街道。まだ辺りは夜の闇に包まれている。
懐中電灯の明かりを頼りに杉並木を歩いた。微かに確認できる両側の杉が、静かに存在している荘厳さを感じた。

夜明け前。深い青緑の杉並木の下。小一時間ほど、ただ、並木道に日が差し込んでくるのを待つ。
幾重にも重なる杉の木々をすり抜けて、道に光がこぼれ落ちる。手つかずの朝にゆっくりと時が刻み込まれていく。

そして、朝7時。杉一本一本が深い青緑をたたえている。
日が昇り、杉並木が太陽を纏い、杉と杉の境界が太陽に溶けて曖昧になる。杉並木の表情が一変する。

何百年前からも変わらぬ風景がそこにあった。

杉並木のオーナー制度で保護活動

取材中、杉並木を整備している工事関係者やツアーガイド、毎日散歩している人と話すことができた。
皆一様に、杉並木のことを誇らしげに語り、愛されているのだなと実感した。

現在、杉並木の大部分は国道沿いに位置し、自動車の排気ガスの影響や周辺地域の開発などで樹勢が衰えてきている。
悠久な杉並木を後世に残そうと、杉を管理するための並木守が結成されたり、杉の木のオーナー制度の導入や根を守るための工事や整備など、様々な取り組みから保護活動が行われている。

                                                  (写真提供:栃木県教育委員会事務局文化財課)

【日光杉並木公園までのアクセス】
 栃木県日光市瀬川  
 電車:東武日光線上今市駅下車すぐ

 【問い合わせ先】
 日光市観光協会今市支部 0288-21-5611


(執筆:フジテレビ取材撮影部 佐藤祐記カメラマン)  

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