津川雅彦さん・朝丘雪路さん夫妻の「合同お別れ会」で友人たちが語った夫婦愛エピソード

カテゴリ:芸能スポーツ

  • 「お葬式はお祭りだ」賑やかな式を望んでいたという津川さん 各界から著名人が参列 
  • 弔辞で明かされた夫婦・家族の強い絆…芸術論での大喧嘩エピソードも
  • 娘の真由子さんも挨拶「世界一のお父さんとお母さん。千秋楽お疲れさま」

21日、芸能界きってのおしどり夫婦、津川雅彦さんと朝丘雪路さんの「合同葬お別れの会」が催された。

津川さんが生前、「お葬式はお祭りだ」と賑やかな式を望んでいたということから、祭壇はトルコキキョウやカーネーションなど、約4000本の色鮮やかな花で彩られた。

お別れの会には、昭和の芸能界を輝かせてきた名優や著名人たちが、次々と弔問に訪れた。
その中で弔辞を読んだのは、生前に2人と深い親交があった黒柳徹子さん、奥田瑛二さん、五木ひろしさんだった。

「もっと年をとった雅彦ちゃんの芝居が見たかった」

黒柳徹子さん:
(前略)(津川さんが)朝丘さんと結婚した時、後で笑い話になりましたが、ある日、新幹線に乗ったらまだ人が乗り込んでない車両の中に雅彦ちゃんが立って誰かと話をしていました。
私は近寄りながらかなり大きい声で「ねえ、結婚したんだって?」と聞きました。「そうだよ」と言うので、私はさらに大きい声で「どうして?」と聞きました。
そのころ、雅彦ちゃんはプレイボーイで、結婚なんて無縁に思えていたからです。
「どうして?」という私の質問に、雅彦ちゃんは「だって踊りがうまいからさ」と言いました。
私は「え?踊りがうまいから結婚するの、変じゃない?」となおも大声で言いましたら、雅彦ちゃんの態度が変なので、気が付いたら、反対側の席に朝丘雪路さんがネッカチーフをかぶって座ってらっしゃいました。
私は「じゃあね」と自分の席に座りました。
後年、朝丘さんに「あの時、私たちが話してたの聞こえました?」と言ったら、朝丘さんはあの声で「ええ、聞こえてました」と言いました。

その数年後、真由子ちゃんが生まれて、雅彦ちゃんはどこへ行くにも真由子ちゃんを連れて歩きました。
5歳くらいからです。それが20歳くらいまで続きました。
大人の間に挟まって、5歳の真由子ちゃんはどんな気持ちだったのかなと思いますが、そのくらいかわいがっていました。
17、18歳になったころボーイフレンドができると、すべて雅彦ちゃんはそれを壊していました。
後年、最後に会った時に「真由子ちゃん結婚は?」と聞いたら、なんかモソモソ言って「どうやら結婚したけど仕方がない」みたいな、残念そうな声でした。
こういうお父さまとお母さまを同じ年に亡くした真由子ちゃんの悲しみは、お慰めの言葉もないくらいです。
私は雅彦ちゃんの老け役に期待していました。沢村貞子さんに「雅彦は顔がいいから、人の4倍は勉強しないとうまいと言われないよ」と言われていました。
私はこの間「勉強は4倍したの?」と聞いたら「したよ」と言いました。確かに最近の雅彦ちゃんは、個性的ないい俳優になっていました。
人に分からないように勉強したのでしょう。でも私は、もっともっと年をとった雅彦ちゃんの芝居が見たかった。本人もきっと残念がっているでしょう。
長い間お友達でいてくれて、本当にありがとう。心からご冥福をお祈りしています。ありがとう。

奥田瑛二さん:
津川さんの人生、毎日がお祭りであり、前向きにリーダーシップで進んでいく…
私にとっては40年ですか、お付き合いをさせていただいた間には色んなことがありすぎましたね。
楽しいこと、ケンカもしました。大ゲンカ、それもゴルフ場で、それも芸術論です。
僕が芸術至上主義者だって酒を飲んで言いましたら、津川さんが目をキーッと開いて「なんだお前は!芸術至上主義?冗談じゃないんだよ!芸術至上主義なんてくそくらえだ!青二才!」と言ったのをいまだに覚えております。
そしたら涙がバーッと、悔し涙が流れました。
さらに追い打ちをかけるように、「あのな奥田。俳優というものはだな、映画もそうだ、すべて我々のしていることはエンターテイメント。いかに人を喜ばし、楽しくさせるか。芸術を語るやつにそんなことはできない!」と言われて逃げ出し、隅で泣いておりました。ゴルフ場ですよ。
(中略)朝丘さんのもと、そして盟友である緒形拳さんのもと、先輩である三國連太郎さんのもと、あまたいらっしゃる仲間たちのところにお返ししますから、しばらくは私の心には生かさせておいていただきたい…
では、津川さん、またお会いする日まで。

五木ひろしさん:
こうしてご夫妻が並んでる遺影のお写真を見て、朝丘さんが亡くなられてすぐに後を追うようにして逝かれた津川さん。
愛情の深さ、それを感じてこれまた感動しております。
どうぞ天国へ行かれても、お二人仲良く。そして、娘さんのことは大勢の皆さんが守っていくことと思います。
どうか安心して、そして私たち後輩のことを見守っていただければ大変うれしく思います。
津川さん、朝丘さん、本当に長い間勉強させていただき、お世話になりました。
感謝の気持ちを込めてお別れさせていただきます。本当にありがとうございました。

人望の厚さが伺える式「世界一のお父さんとお母さん」

その後、喪主を務める津川さんと朝丘さんの1人娘・真由子さんが挨拶にたち、愛する両親への思いを語った。

 
真由子さん:
決して理想的な父と母だったとは言えないと思います。
本当に父は好きなことをやり、家族よりも周りの自分の大好きなお友達や先輩や後輩を大切にして、僕はみんなと楽しくやりたいことをやるんだって生きてきた人ですし。
母は母で皆さんご存じの通り何もできない、もう本当にお嬢様一本できた母ですので。自動販売機に「朝丘です」「ママ小銭入れないと買えないよ」「え?大丈夫よ真由子、朝丘です」って。
三越の屋上で、お帳場で自動販売機も買えると勘違いしている母を見ながら、大丈夫かなって思っていた4、5歳のころを思い出します。
(中略)完ぺきではなかったですけど、私の中では世界一の…胸を張って世界一のお父さんとお母さんだったって、今は言えます。
本当にお父さんとお母さんの娘に生まれて良かったなって…今はたくさんの悔いが残ってます。たくさん涙も流していますし。
でもこれが、これだけ父と母を愛していたんだよって、だから悔いも残るし会いたいから涙も出る、だからいっぱい泣かしてねって、今お願いしています。
(中略)お父さん、お母さん、千秋楽お疲れさま。

安藤優子:
千秋楽として、万雷の拍手で終わる葬儀って初めて見ましたね。

高橋克実:
そうですね。
来てらっしゃる方々を見ると、お二人がとっても素晴らしい人柄だったというのがわかりますね。

生稲晃子:
(お別れ会の様子を見て)みなさんから愛されたお二人だったんだなってよくわかりました。
私は、朝丘雪路さんと着物の仕事で契約している会社が一緒だったので、一緒にお食事をさせていただく機会があって。
その時に朝丘さんが「ゆきえね、津川さんよりも先に死ぬの」っておっしゃってたんです。今からもう10年以上前になるんですけどね。
その時、「津川さんを自由にさせてあげるの」ともおっしゃっていて。すごく信頼しているから、こういう言葉がでるんだなと思って話を聞いていたんです。
実際、朝丘さんの方が先にお亡くなりになって…でも、津川さんは後を追うようにお亡くなりになられたので、本当に愛し合っていたんだなとすごく感じました。
素敵なご夫婦だなと思います。

立本信吾フィールドキャスター:
参加された方々は、著名人が多かったですね。
お二人には本当に人望があったんだなと思います。

(「直撃LIVE!グッディ」11月21日放送分より)

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