なぜ、もう逃げられない状況に陥ってしまうのか? まだ足りない防災意識

カテゴリ:国内

  • 災害が起きると度々話題になる「逃げ遅れ」による被害
  • 逃げないのは「『自分は大丈夫』」と思うからでなく、危機感を感じていないから
  • 土砂災害の場合は、危機感を感じる前に逃げる

北陸豪雪に始まり、大阪北部地震や西日本豪雨、台風21号、北海道胆振東部地震…。今年は近年に類を見ないほどの自然災害が相次いでいる。これらの災害で、自宅などで水害や土砂崩れに巻き込まれるなどして、多くの人が亡くなっている。

そして、このような災害が発生すると話題になるのが、「逃げ遅れ」による被災だ。なぜ危険が差し迫っていたにも関わらず、避難しなかったのか? 

災害社会学や社会心理学を研究する東京大学大学院情報学環 総合防災情報研究センターの関谷直也准教授に聞いた。

ギリギリまで危機感を感じられないことが、逃げ遅れの原因

ーー集中豪雨などで、逃げ遅れによる死者が減らないのはなぜ?
 
住民らが「逃げない」というのは「『自分は大丈夫だと思っている』から逃げない」というわけではありません。火事が目の前で起これば誰でも逃げますし、包丁を振り回す人がいたら誰でも逃げます。水害でも自分の家の近くが浸水し始めたら、逃げられるのなら、逃げます。危機感を感じれば、誰だって逃げるのです。

多くの人は、危機感を感じていながら「自分は大丈夫だ」と思って避難をしないのではなく、危機感を感じる段階になったら、結果的にもう逃げられない状況になっていることが多いということです。


ーーなぜ危険が差し迫っていることに、なかなか気付けないのか?

日本では、雨が降るのは日常的な現象で、誰もが経験していることです。雨が降るだけで危険を感じる人はいません。しかし、極めて稀に、限度を超えた雨が降り、自宅や帰宅路などに危険が差し迫ることになります。その場合でも、ギリギリまで判断することは簡単ではありません。

上流部の降雨によって下流部で災害が発生するということもよくあります。被害が発生するような場合でも、必ずしも、その場所で雨が降るとは限りません。そして「危ない」と感じたときにはもう周囲が濁流に囲まれているなどして逃げられない状況になり、結果として逃げ遅れてしまうことになるのです。

日常が続くと思い込んでいる

西日本豪雨で多くの建物が浸水した岡山県真備町(7月7日)

ーーつまり、気象庁の特別警報などがあっても逃げないというのは、まだ自身に危機感を感じられていない状況ということ?

特別警報が出たからと言って、必ずその地域の全ての人たちが被害を受けるわけでもありません。また土砂災害警戒情報が出ても、その地域の土砂災害危険箇所や土砂災害警戒区域のほとんどで被害が発生するということもない訳です。被害を受けるかどうかということで言うと、確率的に低いわけです。

心理的な面だけで言えば、「自分は大丈夫」と思っているというよりは、気象予報や警報は即、自分自身の被害に結びつくわけではないという経験から、「自分のところまでは被害が来ない」「異常事態にまでは至らない」と認識しているのだと思います。だからこそ行政やメディアは「自分が危ないと思った段階では、逃げ遅れになってしまうので早めに逃げて下さい」と広報するのです。

何らかの異常事態が起きているのにも関わらず、「『自分は大丈夫』だと思って逃げない」ことなどを「正常性バイアス」と紹介されることがありますが、そもそも正常性バイアスは「異常事態が起きているときに逃げないこと」や「逃げないという行動」を指すものではありません。人間が異常な現象に接する前の段階での「見方の癖」、バイアスの一種です。人間は日常が続くと思っているので、そこからかけ離れた異常な現象が起こるというようなことを想定することが難しいのです。

ーーもう少し「正常性バイアス」の説明をお願いします。

正常性バイアス、正常化の偏見、日常性の偏見など様々な言葉が使われますが、これらの元は、英語の「ノーマルシー・バイアス」という言葉を翻訳したものです。普段は、日常が続くと思って、生きる。これは当たり前のことです。毎日、「常在戦場」として常に緊張していたら、精神的に参ってしまいます。人は、今日も普通に生活を送っていますし、「1年後も10年後も普通に生きている」と、現在の日常がずっと続くと思い込んでいます。

だからこそ、将来のことを考えて、仕事や勉強をし、貯金や保険に入るわけです。ですので、いざ何か異常事態が起きる前の段階では、自分が死に至るかもしれない異常な出来事が起こると想像しないのです。日常が続くと思っているのですから「自分にリスクが降り掛かってくる」「自分が死ぬ」という事態を想定できない、想定しないのです。そういったある現象への「見方の癖」がいわゆる「正常性バイアス」となるのです。

土砂災害の場合は、危機感を感じる前に逃げる

ーーでは、逃げ遅れを防ぐにはどうしたらいい?

水害と土砂災害で異なるのですが、水害の場合は例えば近隣の河川の情報に注意をすることが重要です。河川の水位は情報として公開されていますので、ある程度の状況を把握することができます。一方で土砂災害では、土砂災害警戒情報が出た地域であっても、どの土砂災害危険箇所や土砂災害警戒区域で災害が発生するかはわかりません。発生するか、発生しないかは紙一重で、事前には科学的にも判断は困難です。

よって、災害ごとに逃げ方が異なります。河川災害の場合はきちんと近隣の河川の情報を得て、状況を判断して、避難をする必要がありますし、土砂災害の場合は、そもそも、どこで災害が発生するかがわからないのですから、早めに避難をしておく必要があります。災害ごとに避難の方法は異なっていて、むやみに早めに避難すれば良いということでもないと思います。

地震で大規模な土砂崩れが発生した北海道厚真町(9月6日)

ーー土砂災害は早めの避難が大事な一方、人は危機感を感じないと逃げる行動に移らないとも。どのような対応が重要となるのか?

土石流や土砂崩れなどの場合は、そのような現象が自身の周りで発生し始めたら、逃げること自体が困難です。周囲で地鳴りがするとか川の色が濁るなどの前兆現象があれば、危機感を感じることができると思いますが、そのときは、もうすでに土砂の崩壊現象、つまり、災害が発生し始まっている状況なわけです。

自宅などで危機感を感じるような状況になったときには、周囲も、避難先まで避難するための道路にも、もう泥や水が流れている状況でしょう。このような状況になってしまったら「家の二階の谷側や近くの頑丈な建物に避難する」という次善の策をとるくらいしかできません。ですので、土砂災害の場合は、危機感を感じる前に逃げないと間に合いません。

だからこそ、避難をして、それが無駄になるかもしれないけれども、そのような行動をとり続ける。それによって、何回か、何十回かに一回はその避難行動によって助かる。ゆえに、土砂災害の場合には、その危機感を感じる前に予め避難をすることが最善となるわけです。事前に自分の住む地域の危険性を理解し、早めに避難することが重要だと考えます。

メディアを通じてどう情報発信をしていくかが重要

ーー災害が起きるたびに逃げ遅れによる死者がでる現状を鑑みると、どのような対応をさらに行政などが取るべきか?

例えば、気象庁でしたら普段と異なる大雨や大型台風の場合は、記者会見を行って注意を呼びかけていますよね。内閣府も「避難勧告等に関するガイドライン」を常に見直し、避難勧告の出し方を基準化し、各自治体において避難勧告・避難指示の出し遅れがないようにしようとしています。様々な機関が工夫をしています。

ただし、緊急時に住民へ災害情報を伝えることができるかという点に関しては、行政には限界があります。自治体には、平時から広報紙と行政無線くらいしか住民への情報伝達ツールを持っていません。緊急時も、防災行政無線と緊急速報のエリアメールなどしか手段がないのです。

ゆえに現在は、特にマスメディアを通じてどういう情報発信をしていくか、またインターネット、テレビのL字情報、ラジオなどLアラートを通じた情報伝達などを通じてどう情報発信を行うかが、重要になっています。 

我々も、私たちの心の奥底には「正常性バイアス」があるのだと認識すること、その上で、異常事態を伝えようとしている災害情報にアンテナを張ることが必要です。

そして、災害があった時に、人々が逃げ遅れた原因を「正常性バイアス」だと指摘して、分かった気になるのではなく、効果的な避難情報の伝達方法は何か、より多くの人が避難するためにはどうすればよいかを、具体的に考えていくことが重要ではないでしょうか。

「Lアラート」とは、災害発生時に、地方公共団体・ライフライン事業者等が、放送局・アプリ事業者等の多様なメディアを通じて地域住民等に対して必要な情報を迅速かつ効率的に伝達する共通基盤。(総務省)



人間は危機感を感じないと、逃げるという行動には移りずらい。だが、災害においてはこれでは遅く、多くの場合で被災してしまう。こうした個人レベルでの防災意識の向上だけでなく、自治体と連動したメディアの災害情報の伝え方など、自然災害への対策をあわせて考えていかないといけない時代になってきている。

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