「移民政策」を正面から論ぜよ 外国人労働者の待遇を改善し 生産性改革を

カテゴリ:地域

  • 外国人労働者の受け入れ拡大のための入管法の改正を閣議決定
  • 受入の規模や社会保障の付与の有無等については不明点が多い
  • 「移民対策」を正面から論じ、業界の生産性改革に取り組むべき

不明点が多いままの閣議決定

野党の質問に答える根本厚生労働大臣

政府は外国人労働者の受け入れ拡大のための在留資格の新設を柱とする入管法の改正を閣議決定した。来年4月に試行を目指し、今国会で成立させる方針だ。人手不足が深刻な14の分野で特に外国人労働者の受け入れを重視するという方針だ。受入の規模や社会保障の付与の有無等については今後検討される。「相当程度の知識または経験を必要とする技能」ということの内容もあまり明らかになっておらず、不明点が多いことは確かだ。

野党は、詳細が決定していない段階で国会審議に進む政府与党を批判している。立憲民主党代表の枝野氏は、日本の中に存在する移民政策をめぐる不安と危惧に正面から答えず見切り発車することを批判した。共産党の穀田氏は会見で入管法の改定案は白紙委任であるとし、現状の問題点をもっと解決してから論ずるべきだという姿勢を明らかにした。ブローカーの介在や「現代の奴隷」とまで批判される実習生の労働条件などを問題視する視点は大切だ。

「移民政策ではない」はごまかし

日本で働く外国人労働者

政府与党が「移民」という言葉を使わず、移民政策ではないという建前を強調しているのは、やはりごまかしというべきだろう。ごまかしも、使いようによっては長年の懸案を動かすための蟻の一穴にはなるが、そのようなかたちで将来展望を見据えず改革をしていくことは、国家にとって望ましいことではない。

労働者は、同時に生活者であり住民でもある。世代を経るごとにその社会に定着し、本人たちの能力やアイデンティティーの観点からも限りなく国民と近い存在となっていくものだ。移民と外国人労働者の違いをことさらに強調するのは、各国が経験してきた移民政策の教訓に背を向ける姿勢だと言わざるを得ない。

ただし問題は、主要野党の批判が移民政策の方針そのものに関して何らかの構想を示してくれているわけではないことだ。今後、人口減少社会においてどのような移民政策を取っていくのか。受け入れ基準や待遇はどうあるべきか。社会保障に対する考え方は、学校教育は。野党の移民政策に対する単なる消極姿勢は、米国で言えばリベラルではなくむしろトランプ支持派に共通する内向きのロジックであるともいえるだろう。

入管法改正は現状の追認

介護施設で働く外国人

入管法改正で何が変わるのか。どんな意味があるのか。まず押さえておくべきことは、基本的には今回の改正が現状の追認にすぎないということだ。各種報道に表れているように、日本経済も日本社会もすでに外国人労働者なしでは成り立たなくなっている。サービス業や建設業など特定の業界は移民労働力をすでに前提としている。

ただ、日本は長らく非熟練労働者の市場を外国人に開放してこなかったため、様々な誤魔化しの制度が存在する。留学生に頼ったり、「研修生」制度などがその典型だ。「日系人」を特別扱いするなどの方法も取られてきた。自民党は、移民に対する政治的アレルギーを回避するため、保守イデオロギーと経済界のニーズを折衷する政策をとり、移民を違う名前で呼んできた、というのが実態だった。つまり、今般の政策変更は現状の追認だということだ。

一部の技能研修性に対する劣悪な労働環境などの人権侵害は目に余るものがあり、これまでも報道されてきた。そのためにも、非熟練外国人労働者を必要としているということを正面から認めることで待遇改善に動くのであれば、ある程度意味はあるだろう。

現状の追認であることの裏返しとして注意すべきは、外国人労働力の一部は様々な形を経て、一部が移民として定着していくという現実だ。いま必要なものが、将来もっと人口が減ってから不要になるはずがないからだ。また、外国人労働者が増えれば、外国人と日本人との国際結婚は当然増える。事実上の移民受け入れとともに様々な対策を準備し、環境作りが必要となるゆえんだ。

生産性改革が逆回転するおそれ

建設現場で働く外国人

入管法改正がもたらすもうひとつの影響を挙げると、日本経済の生産性改善に向けた対策が不十分なままに行われていること。業界が欲する安価な労働力を、業界の低生産性という本質的な解に踏み込むことなく投入することで、かえって産業の競争力を損なう可能性だ。すべてではないものの、人手不足といわれる業種が、同時に生産性が低い産業であることはままある。生産性が低い産業は、労働者に十分な待遇を与えられず、さらに人手不足が進むという負のサイクルの中にある。

例えば、建設業だ。日本の建設業界は、地方に分散する中小の建設業者を養うために不要なものも含めた公共事業を行い、その仕事を下請け・孫請け業者が分け合うことで一種社会主義的に成り立っている側面がある。その結果、発注者からみると仕事のクオリティーのわりに工期も価格も高止まりしている状況だ。それなのに、建設コストが高い割には、建設会社は大して潤っていない。したがって高い給料も払えない。業界の根本構造をあらためないまま、目の前の需要を捌くために安価な労働力を確保するというのは安易にすぎる。

ではどうすればよいか。生産性の低い企業の業界からの淘汰と退出に加えて、残されたプレイヤーの効率を高めるために十分な投資が必要だ。今般の移民労働力の導入は、残念ながら建設業界の生産性改善に向けた動きを逆回転させてしまうだろう。

生産性改善をせずに移民を安易に受け入れることの問題点は、高技能の労働者の分野でも十分な高度人材を惹きつけられないという問題へとつながる。好待遇に惹かれてやってくる高度人材を受け入れるためには、業界や企業の生産性が高く、儲かっていないといけない。

移民政策を正面から論じるべき

日本社会には移民に対するアレルギーがあるというのは、そうだろう。ただ、問題はまるで移民なしでやっていけるわけでもないという現状があるのに対策を講じていないことだ。中途半端な進め方をするとどうなるか。先進国の中産階級にとって、反移民言説はその正誤にかかわらず一定の説得力を持つ。日本とて、今欧米で起きている国内政治のバックラッシュから自由である保証はない。

グローバリゼーションは止めることができる類のものではない。グローバリゼーションの果実を得る一方で、その副作用を受容するにあたって必要な対策を講じるのは国家の役割である。グローバリゼーションの中でも、もっとも社会に分断を引き起こしがちなヒトの移動に関しては、よく考え抜く必要がある。国内で受け入れ環境を整備しあらかじめ対策を講じるには何が必要か、国家の財政にとって長期的にプラスに働くような移民受け入れのかたちはどのようなものか、各党が議論していくことを期待したい。

(執筆:国際政治学者 三浦瑠麗)
(イラスト:さいとうひさし)

【 関連記事:「三浦 瑠麗 の ”リベラリズムとリアリズム”」 すべての記事を読む 】

三浦 瑠麗 の ”リベラリズムとリアリズム”の他の記事